㉕-3 木洩れ日
フリージアは文字が読めなかった。
手渡されたメニューを見て、フリージアは絶句していた。隣にいたアルベルトも、まるで初めて知ったかのようだった。
しかし、ケーキに詳しかったアルベルトの説明を熱心に聞いたフリージアは、アルベルトと同じケーキを注文した。流れに負け、マリアも同じケーキを注文する。
「マリアさんも、同じケーキなのが嬉しい!」
フリージアは満足そうに笑った。文字が読めないことなど、差して気にしていないかのようだ。
「私は、アルベルトがケーキに詳しいとは思わなかったわ」
「前来た時に、ケーキについて聞いてたんだよ」
「あら、そうなのね……」
——いつの間にデートしたの?
——違う、そうじゃない。
会話はなかったが、視線だけで会話が成立した。
フリージアだけがよくわからずに、ハテナマークを浮かべる。
店員の男性が、ケーキを運んできた。
メニューを持ってきたときもそうだったが、フリージアが一瞬だけ反応を見せた。男性が怖いのかもしれない。
「いただきます!」
フリージアは祈るように手を合わせた。それは、ティニアが食事をする前に見せる祈りのような姿だった。
「いただきます」
自然と手を合わせたマリアを前に、アルベルトは苦笑いを浮かべる。
「なによ。ニヤニヤして」
「いや。マリアも染みついてるんだなと思ってな」
「ティニアと暮らしていたんだもの、当然よ」
マリアの言葉を聞いたフリージアは、ケーキを頬張ったまま喋ろうとした。
「あなたはよく噛んで、味わって。……私はね、前までティニアと暮らしていたの。アルベルトと交代した感じかしら」
「んぐぐ……。前に暮らしていたお姉さんって、マリアさんの事だったのですね!」
「そうよ」
マリアは紅茶を口に含んだ。珍しく珈琲ではないものの、苦味のない味に、口寂しさを感じる。
「どうして、出て行っちゃったの?」
「うん? ティニアとアルベルトが一緒に住みたいと言ったからよ?」
「ぶ……!」
アルベルトが咳き込んだ。
「冗談よ。私ね、一緒に住もうと思う人が出来たの」
「こ、恋人ですか!?」
フリージアが再び目を輝かせた。
「ううん。姉みたいな存在の人なの」
「お姉さんかあ……!」
口を拭っていたアルベルトは、その言葉に反応した。
「ティナさんだったのか? 前に言っていた、探し人の姉って……」
「うん。実はそうなの」
「そうか。良かったな、また会えて」
「ええ、そうね……」
マリアは余韻のあるような笑みを浮かべた。
「ティニアは元気?」
気付けば、ティニアのことを尋ねていた。
不思議と心が軽くなる。
「ああ。まあ、あれを元気だというのならな」
他人の記憶に蝕まれていることを、マリアは知っている。
心は痛むが、真実を二人に話すことは出来ない。
「……勤務先としてじゃなくて、ちゃんと診療所では検診を受けているの?」
無駄な質問かもしれない、とマリアは思った。
後ろ髪が引っ張られる思いだった。
「レオンは真面目な奴だからな。そこは信じているよ」
「ティニア様、具合悪いの……?」
フリージアの表情が一瞬で陰った。
マリアはフリージアがティニアを様付けで呼ぶことに驚きつつ、静かに頷いた。
「少しだけね。……ティニアって忙しいじゃない? だから疲れが溜まっているみたいなの。先生がちゃんと診てくれているわ」
「レオン先生ですね。とっても優しい先生でした」
「そうね……」
レオンを警戒しろと言った、ラウルの顔が一瞬だけ目に浮かんだ。
今頃、どこで何をしているのだろうか。
辛い道のりを、独りで超えているのだろう。
彼もまた、長い間待ち続けているのかもしれない。
沈黙したマリアを見て、フリージアの表情は更に陰りを見せた。




