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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode25「BLACK OUT」
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㉕-2 屈託

 ティニアを診療所へ送り届けた後、アルベルトはフリージアと手を繋いだまま町をただ歩いていった。


 フリージアを孤児院へ届ければ良かった。

 それが出来なかった。


 フリージアは不思議に思いつつも、繋いだ手を離すことはなかった。

 少し楽しそうに回りを眺め、指をさした。


「アルお兄ちゃん、あれは何?」


 気になったものは、全て尋ね聞いた。アルベルトは丁寧に説明してくれた。

 フリージアは、休日の貴重な時間を自分に割いているのだと考えていた。


「他に見たいものでもあるか? 食べたいものとか……」


 そう言いながら、アルベルトはまた孤児院へ繋がらない道へと、大きく曲がった。

 フリージアは食べ物を思い浮かべているのか、嬉しそうな唸り声をあげた。


 煉瓦で出来た民家を更に曲がったところで、美しい朱色の髪を靡かせた女性が目に入った。


「マリアじゃないか」

「アルベルト……」


 マリアは一瞬間をおいて振り返った。珍しく束ねていない髪が、ふわりと舞った。


「え、誰……?」


 マリアは目を見開いたまま、フリージアを見つめた。

 そういえば初対面だったなと思い、フリージアへ視線を送る。


「ああ、こいつは……」

「まさか、もう娘が……?」

「んなわけないだろ」

「そうよね……」


 マリアは冗談を言っているだけだと思ったが、本当にそう思い込んだかのように呆然としている。

 しかしアルベルトは、マリアの視線がフリージアではなく遠いところを見つめていることに気付いた。


 今のマリアは、様子がおかしい。

 花の配達であれば、カートを押しているはずだ。


 マリアは遠い目をすると、考え事を始めたのか押し黙った。


「どうしたんだ? おい、マリア……」

「あ、ごめん。ボケーっとしちゃって」

「大丈夫か?」

「うん。で、この子は?」


 マリアはフリージアの目線まで屈んだ。


「ティニアが保護したんだ。名前はフリージア。フリージア、挨拶しな」

「……初めまして。フリージアといいます」

「ふ、フリージア……?」


 マリアは眉をひそめた。

 フリージアとは、ティニアが心因性昏迷状態になった際、何度も摘みたいと言った、花の名前。当然の反応だろう。


「ティニアが名付けたんだ」


 アルベルトの発言を聞き、納得した様子だ。


「そう。初めまして、私はマリアよ」


 マリアは手のひらを差し出した。アルベルトの後ろに隠れていたフリージアは、照れつつもその手を取った。


「マリアさん。綺麗な方ですね」

「あら、若いのにそんなお世辞なんていいのよ?」

「そんなことないです。特に、髪がとても綺麗です」

「本当? 結構自慢なのよね」


 マリアはそう言うと、髪の毛をすくい取った。そういえば髪を束ね忘れたことに気付く。しかし、紐のようなものなど持ち合わせてはいない。マリアが髪の毛から手を離すと、髪は風に乗るように靡いた。


「お前こそ、今日仕事は?」

「や、休んだのよ……」

「そうか」


 それを聞かれるとは思わなかったマリアは、正直に答えることしか出来なかった。


 だが、アルベルトはそれ以上聞いてこない。

 空気の読める男で、こういう時は気が利く。


「……で、肝心のティニアは?」


 ここで聞かない方が不自然であると思い、マリアは疑問を投げかけた。


「診療所だよ。今、送ってきたところなんだ」

「それにしては随分と遅くない? もう九時半を過ぎたくらいだと思うけれど」


 丁度通りにある時計を、三人は見上げた。確かに時計の針は九時三十四分を指している。


「あー。送ってから、随分と歩いたからな……」

「歩いてた? 散歩でもしていたの?」

「そうだな。……散歩かもしれないな」


 含みのある言い方だと、マリアは感じた。

 いつもなら、すぐに聞き返していただろう。


 これ以上、彼に関わり続けていいのか。

 心に浮かんだ想いに、マリアは黙ってしまった。


 手を繋いだままのフリージアは、アルベルトを見上げた。

 心配そうに見上げる少女の腕や足は、やせ細っているように見える。


 二人は、ずっと歩き続けていたのだろうか。

 マリアも目的を定めずに歩き続けていた。

 アルベルトも、マリアと同じなのかもしれない。


 晴れぬ心から逃げるように。

 意図せず、ただ歩き続けてしまった。

 何かをしていなければ、と。

 立ち止まってしまえば、押しつぶされてしまいそうで。


 以前、ティニアに言われた言葉が蘇る。


『二人とも、結構似てるよね』


 アルベルトもまた、何か思い悩んだまま歩き続けていたのではないだろうか。

 そう思えた瞬間、マリアは優しく微笑んでいた。


「あなたはいいけれど、フリージアちゃんは疲れちゃったでしょ?」

「ま、まだ大丈夫です」


 首を横に振ったフリージアは、慌ててアルベルトを見上げた。フリージアの握る手に力が入っているように、マリアの目には映った。

 気を遣っているのだろうか。


 マリアはアルベルトと距離を置こうとしていた。

 同じ町に住んでいる。

 そんなことが、出来るわけがない。

 そんな簡単なことも、分からなくなっているのだろうか。


 避けていたことに、アルベルトは気付いたのかもしれない。

 罪悪感が押し寄せ、マリアはアルベルトへ視線を送る。


 アルベルトは、気恥ずかしそうに笑うだけだった。

 何故かは分からないが、マリアの鉛のような重みは、霧が晴れたように軽くなっていく。


 それがたとえ演技であったとしても。

 彼が裏のない人であることは、よく分かっている。


「どこかお店にでも寄りましょうよ。私も歩き回っていて、足がもうぱんぱんなのよね」


 マリアはそう言うと、近くにあった店を指さした。


「美味しいケーキをショーウインドウで売ってるお店でね、店の奥にはお茶が飲めるスペースがあるのよ」


 マリアはフリージアに向かってウインクした。


「ケーキが食べられるのですか?」

「そりゃそうよ。ケーキ屋だもの」


 マリアの言葉に、フリージアは分かりやすいように目を輝かせた。


「アルお兄ちゃん、あたし……」

「分かった。驕るよ」

「やったあ!」


 フリージアは繋ぐ手をブンブンと揺らした。手を引っ張るフリージアについていくアルベルトも、どこか嬉しそうだ。


 年相応な少女の無邪気な姿に、マリアは安心した。曇っていた心が、晴れ渡るように安心していく。


 マリアの視界に、茶色のものが入った。それはフリージアの首元にある、痣のようだ。タートルネックの服ではあるものの、かなり目立っている。


 ティニアが保護した——。マリアは、アルベルトの言葉を思い返した。

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