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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode23「紫雲英、ちりぬるを」
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㉓-5 望み

「はい、到着! 晴れてきてよかったね」


 住み慣れた家に到着すると、マリアの使っていた空き部屋の扉を開ける。そこにはマリアが残していった家具はなく、かつての物置部屋にしまっていた家具がしまわれている。

 マリアは、ほとんど何も残さずに出て行ったのだ。


「今日からここがフリージアの部屋ね。掃除するから、待っていて」

「ありがとうございます」

「もっと、くだけた感じで良いよ。かしこまらないで。今日から家族になるんだし」


 ティニアの家族という言葉に、フリージアだけでなくアルベルトが反応を示した。が、男は無言であった。


「君はちゃんと着替えて、お風呂入ってよ。雨に濡れたんでしょう」

「もう、今更な気がするが……」

「何言ってるの。この子に風邪でもうつしたら、承知しないよ?」


 ティニアがフリージアの頭を優しく撫でる。フリージアは嬉しそうにティニアを見上げた。


「あの、ティニアおねえちゃん」

「ティニアでいいよ」

「じゃあ、ティニア様で」

「様…………?」


 『様』という単語に、アルベルトは無言で反応した。アルベルトは頭を振ると着替えのために部屋へと引っ込んだ。


「俺も、なんか余裕がないな。寝てないせいか……?」


 自室へ戻ったアルベルトに聞こえてきたのは、ティニアとフリージアの軽やかな笑い声だけだった。アルベルトは安堵すると、その湿った服を着替えだしたのだった。



 ◇◇◇



 アルベルトがコーヒーを淹れに部屋を出ると、ティニアとフリージアが手を繋いで外へ出るところだった。


「君ってば、また珈琲? また眠れなくなっちゃうよ」

「そんなことより、どこへ行くんだ。もう二十一時過ぎだぞ」

「フリージアは夕日が見たいんだって」

「そうか」


 アルベルトが腰に手を当てると、その腕に小さな手が絡む。フリージアだ。


「どうした?」

「おにいちゃんも、いこうよ」

「え、ああ……」

「えへへ……」


 フリージアは右手にティニアの手を、左手にアルベルトの手を掴むと嬉しそうに外へ飛び出した。


 外は緋色に染まっており、夕日はシュタイン・アム・ラインの街並みに溶けていく。


「きれいだね。あたし、ゆうひって好き」

「朝日はもっと綺麗だよ」


 空を眺めるティニアがその場に腰かけると、フリージアはアルベルトの服の裾を引っ張った。笑顔でティニアの脇へ座ると、誘うように手招きした。仕方なくアルベルトもフリージアの横へ腰を下ろす。


「ティニア様! 朝日は、どんな色なの? 赤いの?」

「うーん。青……、紫かな?」

「紫なんだ」


 フリージアは不思議そうに目を丸くしている。


「夜空が照らされてね、それでゆっくりと明るくなるんだ。そのまま青く、美しい天が広がっていてね、満天の星空が徐々に薄くなっていく。そうやって朝になるんだよ」


 夜を寝られぬアルベルトにとって、夜明けとはホッとするものではなく、焦りであった。朝日をそんな風に美しいと感じたことなど無い。ティニアの語る朝日を、彼女の隣で見られれば幸福であろう。


「すてき」

「素敵だよね」

「そうだな、素敵だな」

「君にとっても、きっと気に入ると思うよ」


 ティニアはそう言うと、アルベルトを見上げた。

 夕日に照らされたティニアは、いつもよりも美しく目に映った。

 アルベルトは、照れた顔をフリージアに知らぬように、視線を逸らすことしか出来なかった。


「どうしたんですか、おにいちゃん」


 フリージアは訳が分からぬようで、首をかしげた。

 そんなフリージアを見つめ、ティニアは優しく微笑む。


 この時が永遠に続くのであれば、高望みをすべきではないのかと。

 アルベルトは自問自答を始めるのだ。



 ◇◇◇


 すっかり夜も更け、シェアハウスへと戻った三人。

 フリージアはティニアの部屋で、パジャマに着替えようとしていた。


 悪戦苦闘しているフリージアを嬉しそうに見つめながら、ティニアはアルベルトの部屋を訪れた。

 出迎えたアルベルトは驚いたが、すんなりとティニアを部屋へ受け入れた。

 ティニアは靴を脱ぐと、アルベルトのベッドに飛び乗った。

 無防備に足をパタパタさせるながら、寝転んで見せた。


「君の部屋のベッドを貸してもらえないかな?」

「なんでだよ」


 アルベルトはティニアの隣へ腰を下ろした。


「おお。僕なんかが寝ても全然広い」


 ティニアは無邪気に転がり、アルベルトの隣にぴたりと止まった。

 アルベルトは、診療所でのやりとりを思い出さずにはいられなかった。

 短い時間だったが、ティニアと共に眠ることが出来た。


 彼女のぬくもりと息遣いを思い出すと同時に、至近距離から来る彼女自身の熱を感じ取る。


「そ、そりゃそうだろ。俺の身長に合わせたサイズなんだから……」

「ふふふ、そうだね。僕のベッドとくっつけたら、もっと広くなるね」


 アルベルトは息を飲んだ。——まさにその時、ティニアが起き上がった。

 ティニアは歯を見せるように、無邪気な笑顔を向ける。


「…………」

「何で黙っているの?」


 返答のないアルベルトを心配するように、ティニアはむくれると、服の裾を引っ張った。


「どうしたの?」

「い、いや……。 いきなりどうしたのかと思って……」


 ティニアは怪訝な表情を浮かべると、アルベルトの瞳を覗き込むように見つめた。

 息のかかりそうな距離。

 鼓動が聞こえてきそうな距離。


「みんなして同じベッドで眠れないかなって思って」

「皆って……。あ、ああ。ベッドでフリージアと一緒に寝たいのか」

「フリージアだけじゃないよ」

「…………」

「みんなって言ったじゃない。君も一緒に寝るんでしょ?」

「は……?」


 ティニアは何も分かっていなかった。

 分かっていて言うような女でもない。


 アルベルトも、それを頭では分かっている。


「だって、君は僕を枕にするんでしょ?」

「いや、だからそれは……」


 ティニアは尚も淡々と語る。


「フリージアは一緒に寝てもいいって言っているよ。いつも一人で寝ていたから、寝相が悪くて蹴ったらどうしようって気にしてたけど」

「お前はいいのか?」

「ん? 蹴られてもいいかってこと?」


 一瞬の間を置き、ティニアは顔を上げた。しかしその表情はキョトンとしており、首を傾げながら眉を吊り上げている。


「僕がこんなにお願いしているのに?」


 意図せずこちらを見上げる、上目遣い。

 ティニアの眼差し、息遣い、そして滑らかで柔らかな香り——。

 彼女のまつげが長いことを、アルベルトは知った。


「どうしたの?」


 ティニアの頬に、アルベルトの指が触れた。

 アルベルトを見つめるティニアの表情に、変化はない。アルベルトの行動を理解していないかのように、笑みまで浮かべている。


 アルベルトは力強く、ティニアを抱き寄せた。

 ベッドはギシリと音を立てる。


「わわ、なに⁉」


 ティニアは避けることもなく、その腕の中で狼狽える。

 心音はけたたましく鳴り響き、自分の心音なのかもわからない。


「嫌なら拒めよ」


 ティニアの青い瞳に、アルベルトの顔が映っている。

 再び、アルベルトの指がティニアの頬に触れる。


 そして、頬から唇へ、指を這わせた。

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