㉓-4 帰るべき場所
少女はティニアに対し、余計な発言をしてしまったと思ったのか、慌てて歩み寄ってきた。しかし、何もないところで躓き、よろけてしまった。
「あ」
「危ない!」
ティニアやアルベルトより先に駆け寄ったのは傍にいたレオンであった。
レオンは少女を抱きかかえた。
無事であることを確認したレオンは、一瞬だけたじろいだ。
「あ、足元をよく見て、しっかりと足を上へ上げて歩くようにして下さい……」
「は、はい!」
「だっ、大丈夫?」
「いいですか。落ち着いて、ゆっくり歩けば大丈夫ですよ」
「はい! せんせいとおねえちゃん、おにいちゃん、ありがとう」
少女はレオンに頭を下げると、ティニアとアルベルトへ向かって笑顔で答えた。はにかむ少女は、大人たちに気を遣っているようにも見える。
「手を繋いで歩いていこうか。夜道は暗いし、君も片手を持ってあげて」
「俺は身長差があるから、抱っこしていった方がいいんじゃないか?」
「それじゃあリハビリにならないよ」
「それはそうだが……」
「君は椅子を忘れずにね」
ティニアが少女の白い髪を撫でると、少女は歯がゆそうな照れ笑いを浮かべた。少女は肌も青白く、腕や頬、そして首筋には痛々しい痣が見える。
「ああ、この子の名前をどうするかですが……」
レオンの問いかけに、ティニアは悩むそぶりも見せず、少女へ振り返った。
「フリージア」
「え……?」
「君の名前は、フリージアだよ」
「フリージア……」
「白くて、可愛らしくて、いい香りのする花のことだよ」
フリージア。
その花の名は、ティニアが心因性昏迷状態に陥った際、よく口にしていた。
フリージアという単語に反応したアルベルト、そしてレオンだったが、あえてその話題に触れようとはしなかった。
ティニアはアルビノの少女——フリージアをふわりと撫でた。しかし、愛らしい少女の視線はすぐにアルベルトへ向けられる。アルベルトは丁寧に見えるよう、胸に手を当てながらお辞儀を返した。
「よろしくな、フリージア。俺はアルベルトだ。なんだかんだ名乗ってない、こいつは……」
ティニアの名前について言い淀むアルベルトだったが、すぐにティニアがその名を名乗る。
「ああ、忘れていた。僕は……ティニアだよ。よろしくね」
「よろしくお願いいたします」
返事をして深い角度でお辞儀をするフリージア。フリージアがしたお辞儀は、アジア圏でよくみられる丁寧なお辞儀だった。
アルベルトは、フリージアをアジア方面から来た孤児かもしれないと感じた。
「そんな畏まらなくていいよ。えっと、普通にしていていいからね?」
「そうだぞ。もう遠慮しないほうがいい。特にこいつの前ではな」
「そうそう。この人の前ではのびのびするといいよ」
「お前なぁ……」
二人のじゃれ合いを嬉しそうに見つめるフリージアを前に、ティニアは照れくさそうに頬を赤らめた。
「それじゃ、先生。この辺で」
「ありがとうな、レオン」
「あ……アル」
レオンは、アルベルトを呼び止める。
「アル、ちょっといいかい」
「レオン? どうしたんだ?」
「受付前のソファーで待っているよ。会計は後で支払いに来るね」
「悪い、待っていてくれ」
こくりと頷くフリージアは、その長い髪を揺らした。
そして、深々と頭を下げた。
「せんせい、ありがとうございました」
「……はい。念のために、来週は検診にきてください。それから、具合が悪いと思ったらすぐに来ることです」
「はい」
ティニアとフリージアは手を繋ぐと病室を後にした。
◇◇◇
病室に残ったアルベルトとレオンは、改めて顔を見合わせた。すぐに、二人には笑みがこぼれた。
「ティニアさんは凄いですね。あんなに打ち解けて……」
安堵したレオンに、アルベルトがその問いを投げかける。
「それで、なんだよ。話って。あ、もしかしてさっきの小言か? あれは本当に何でもなかっただろ?」
「いえ、そうではなく。良かったのですか? せっかく二人で暮らしていたというのに、あの子を招いたりして」
「ああ。まあ、俺が居候しているだけなのは事実だからな。拒否権はないさ」
「そうではなく。どうせ、告白もまだなのでしょう?」
告白という言葉に、一瞬たじろいでしまう。
アルベルトは悪戯そうな笑みを浮かべ、反論した。
「お前も、ティナさんに告白してないんだろ」
「なっ……」
レオンは顔を赤らめると絶句し、立ち尽くしてしまった。
「知らないとでも思ったのか? 早く告って来いよ。ティナさんだって、待ってるかもしれないだろ」
「それを言うなら、ティニアさんだって」
「それはない。絶対にない。あいつ、俺の事は何とも思ってないよ。俺が横で寝ていたって恥じらいもしない。悔しいくらいにな」
自虐的な笑みが自然と浮かぶ。改めて、ティニアへの想いを再確認するアルベルトだった。
(それでも、傍に居られるなら、それだけで十分なんだ……)
「それで枕にしようと?」
「それは忘れてくれ!」
あらぬ誤解を慌てて解こうとすると、レオンは声をあげて笑った。思わぬレオンの笑みに、アルベルトも自然と笑みが零れていく。
「お前もそんな風に笑うんだな」
「ははは。すまない」
「お前だって、ティナさんを前にすると挙動不審の癖に」
赤面するレオンに対し、アルベルトは再び意地悪な笑みを浮かべる。
「だけど、ティニアに対する接し方まで普通なのは、ちょっと面白くないな」
「ええ! それはティニアさんが診療所で働く仲間だからですよ?」
「そういう事にしておいてやる。いくらなんでも他の奴に奪われるのだけは、ごめんだよ」
「それについては同感です」
レオンは何度も頷くと、悪戯そうに笑みを浮かべる。二人は笑いあうとアルベルトはレオンにエールを送った。
「レオン。ティナさんに再会できたら、食事にでも誘っておけよ」
「そうですね。……アル」
「なんだよ」
「君も、頑張れ」
「余計なお世話だ」
アルベルトはそう言うと、嬉しそうに笑った。




