㉓-2 漂泊者のうた②
無言で思考を巡らせ、浅い呼吸を繰り返した。そんなマリアへ、ティナは口を開く。
「あくまでも、これらは私の憶測です。恐らく真実は、ラウルが知っていると思います」
「……ラウルも、さぞ辛かったでしょうね」
「そうですね。ラウルの絶望は計り知れません」
アルビノのレンの悲痛な運命。
ラウルの苦しむ、呪縛のような痛み。
そして、前世の体を使って生きるレンであるティニア。
目の前にいるティナであるティニア。
運命に翻弄されたのではない。
全てはヴェルローラが元凶だ。
「……なんて奴らなの。ヴェルローラ……‼」
ありえない。人道から外れたその発想に、マリアは言葉を詰まらせる。
アルビノの少年レン。
ケルンメンシュにされたレン。
そして、共に過ごしてきたティニアとしてのレン。
彼女の想いが、悲痛な叫びが聞こえてくるような気がした。
「何の為に……? 一体、何がしたくてそんなことを……」
レスティン・フェレスで待ち続けた日々。
渡った地球で知った、想い人の死。
生まれ変わったレンに待っていたのは、ヴェルローラによる実験体——ケルンメンシュにされることだった。
そしてレンの魂は、ティナの前世の一つであるティニアの躯体へと捻じ込まれた。
何の前触れもなく、彼女が足に怪我を負っていたことを思い出した。
手術か切断かを迫られるような大怪我を、彼女は隠していた。
あの時の怪我が、ヴェルローラからの任務、もしくは戦闘によるものだとしたら——。
マリアに、彼女を失うかもしれないという、恐怖が芽生えた。
今のティニアと出会ったのは、本当に偶然だったのかもしれない。
危険を冒してまでも、一番近くに居続けてくれたのではないだろうか。
レンと呼んでも良いのか。ティニアと呼び続けても良いのか。
無力な自分に、力になれることはあるのだろうか。
今の彼女に、一体何が起こっているのか——。
——マリアの脳裏に、嫌な予感が走った。
「心因性昏迷状態……」
マリアの零した言葉に、ティナは静かに頷いた。
「庭園は、レスティン・フェレスにあったものです。花が咲き乱れる庭園は広く、お茶を飲むスペースが併設されていました。そして、フリージアという花も……」
「じゃあ、ティニアは――今のレンは、貴女の記憶を?」
「私の記憶と、彼女本来の記憶が混ざり合ったことによるものだと考えられます。躯体には、私の記録が保存されていたはずですから」
「そ、そんな……」
マリアは、アルベルトの話を思い返していた。
今まで共に生活してきたティニアは、ずっと苦しんでいたのだろう。
何も知らなかったこと、そして自らの無力さを恥じることしか出来ない。
「ラウルは、今何をしているの?」
マリアの言葉に、ティナは祈るように天を仰いだ。
「……ラウルはまだ、ヴェルローラに所属していると思われます。拠点を秘密裏に内側から破壊していくということは、リスクが伴うことですから」
「じゃあ、ラウルは一人で……」
「……そうですね。まだ素性を知られてはいけないのでしょう。全てが破壊出来ていれば、敵対行動をとる理由はありませんので、まだ完全ではないと思われます」
「…………」
「そう云った事から、ラウルに接触するのは危険なことです」
ティナは目を閉じて深く深呼吸すると、その青い瞳をマリアへ向け直した。どこか迷いのある瞳だ。
「でも」
マリアは言った。
「ラウルと話すべきだと思う」
「ですから、危険なのです」
「違うわ。単に情報を知りたいわけじゃないの」
マリアは真っ直ぐにティナを見据えた。
「誰かに、胸の内を打ち明ける……。それだけでも、十分心は救われるわ」
「…………‼」
ティナは目を閉じた。
「ティナは、今でもラウルのお姉さんでしょ……? 家族なんだから、面と向かって話さなきゃ」
「マリア……」
「ティニアだって、苦しんでる。でも、打ち明けられないということには、何か理由があるのよね」
ティナは頷いた。
「レンが、何も考えずに行動するとは考えられません」
「そもそもティニアって名乗ってるわけだし、今もヴェルローラからの監視が……?」
「それは、私にも分かりません」
ティナは首を横に振った。
例え、監視があったとしても、そうでなくても。
マリアは、一番恐れていることを尋ねた。
「ティニア——レンが、敵に回るってことは考えられる?」
マリアは祈るようにティナを見つめた。
ティナは目を閉じた。
ティナも、必死で答えを探しているはずだ。
マリアの望む答えは、きっと彼女も持ち合わせてはいないだろう。
何の問題も無ければ、ティニアならマリアに打ち明けているはずである。
「……はい。考えられることです」
ティナの言葉は、マリアに絶望を与えた。
しかし、それは半分に過ぎない。
もう半分は、安堵だ。
レンが意図的にマリアへ情報をもたらさなかったことに繋がると考えたからだ。
ヴェルローラの狙いは、マリアだった。
それが何なのかはわからない。
慎重なレンが、マリアへ真実を語らない理由。
それと繋がっているような気がした。
それよりも、今のマリアに出来ること——。
何かあるはずだと、思考を巡らせる。
「今のティナに、前世の記憶はあるの?」
「……はい。ラウルの右眼に宿る、レンの力を使いました」
「へ? レンの力……? もしかして、ラウルを故障させたときに埋め込んだっていう、レンの眼……?」
「そこまで知っていたのですね」
そこでマリアは、ミュラー夫妻から聞いた話を話した。
ティナにとって、辛い話であることは分かっていた。それでも、ティナは静かに頷いていった。
ミュラー夫妻は言っていた。レンは深手を負いながら、その眼をラウルに移すことでラウルを助けたと。そして、眼帯をしていたラウルの右眼は、レンの金目であった。
「そうですか。ミュラー夫妻——財団はそこまで把握していたのですか」
「ティナ……」
ティナは目を閉じると、押し黙った。
言葉を選んでの沈黙ではなく、込み上げた感情を抑えているのだと分かる。
もはやマリアの想像をはるかに超えていた。
アルベルトは、これらを信じられるのだろうか。
アルベルトは、ティニアがレンという名前であるということ、そして長い時を生き続けた存在であることをすでに聞いている。
アルベルトは、これらの話全てを信じるだろう。
しかし——彼は、優しすぎる。
ただの人間であるアルベルトを、これ以上巻き込んでいいとは思えない。
ティニアがアルベルトと関係を縮めない理由が、そこにはあるのかもしれない。
マリアは首を横に振った。
ティニアなら、どうしただろうか。
漠然とした考えだけが、マリアの中に生まれる。
——話すべきではないのだと。




