㉓-1 漂泊者のうた①
マリアは震えていた。
呼吸を、息継ぎを忘れてしまった。
首を横に振り、無意識に否定している自分に気付く。
そんな自分を振り切るために、尚も首を横に振った。
朱色の髪が落ち着くころには、口を開けたまま立ち尽くしていた。
時間だけが過ぎていく。
マリアは歯を食いしばると、目の前の彼女へ視線を送る。
心配そうに、そして祈るような視線と合わさった。
「……ねえ、ティナ」
「はい」
「ううん、レイス——。名前の多い貴女だから、何かの間違いよね?」
なんとか言葉を発したマリアの前には、金髪碧眼の美女が立っている。長い金髪を大きな三つ編みにし、胸の方へ垂らす。
レイス改め——ティナは、かつての同居人と瓜二つな外見をしていた。
二人の違うところと言えば、ティナにはあるほくろが、ティニアにはないところくらいだ。
偶然、ただの似通っているだけの二人だと、マリアは思っていた——。
「…………」
ティナは押し黙ったまま、ゆっくりと首を横に振った。胸へと垂れ下がっている三つ編みは、大きく揺れ動いた。
言葉にならない衝撃は、遠き星——レスティン・フェレスの話を超えてしまった。
ティナは目を力強く閉じると、大きく深呼吸した。
そして、青い瞳を覗かせる。
「私の前世の名前は、ティニア・ボレード……。レスティン・フェレスの技術で生み出された、全身が機械で作られた人形——アンドロイドです」
ティナはもう一度説明した。
受け止めきれずにいるマリアは、視線を逸らすことしか出来なかった。
現実はマリアを無視し、足早に通り過ぎていくかのようだ。
理解が追いつかない。
「あ、貴女がティニアって……。偶然、名前が同じだけよね?」
「……いいえ」
ティナはそう言うと、辛そうに窓を見つめた。
カーテンは開けられているものの、外の景色など目に入らなかった。
ティナはゆっくりとした足取りで窓へ近づくと、音を気にすることなくカーテンを閉めた。
呆然と立ち尽くしていたマリアの体が、一瞬だけ跳ね上がる。
「……どういうことなの?」
閉めたカーテンを見つめていたティナは、静かに振り返った。
「アウローラが奇襲に遭い、マリアが拠点から逃げたあの後、ラウルはレンの遺体を回収しました」
「…………」
「元々の命令は、レンの遺体を証拠が残らぬように処分することでした。ですが、ラウルはレンの遺体を手厚く葬ろうと考えていました」
ティナは俯いた。
緊張の糸が、マリアの背筋を通った。
「……ラウルが遺体を回収し、アウローラの拠点を脱出しようとしていた時です。ラウルへ敵組織・ヴェルローラから連絡が入ったのです。それは、レンの遺体を持ち帰るように、という命令でした」
「な……」
驚きと絶望は、マリアの言葉を失わせた。
ティナは、右手を左腕で掴んだ。眉間に皺を寄せ、口元を歪ませる。
「レンはアウローラの襲撃前に、廃棄処分が決定したと話しましたよね」
ティナの確認するような言葉に、マリアは黙って頷いた。
「ここからは、私の想像ですが。……回収されたレンの魂を、ヴェルローラは再利用したのだと思われます」
「さ、再利用……!?」
マリアが思っていたよりも大きな声になったことに、本人が一番驚いていた。マリアは慌てて口元をつぐむ。ティナの話を邪魔するわけにはいかない。
「私の前世の一つ、機械人形であるティニアの躯体を、奴らは持っていました。それが何故なのかはわかりません。その躯体に、レンの魂をねじ込んだのでしょう」
ティナの言葉を、信じることが出来ないのではない。
信じたくなかった。
理から大きく外れた現実が、今のティニアに起きていることだというのか。
「そうですね、無理やり宿らせた、という言葉の方が近いかもしれません」
頭の中が真っ白になったような気がした。
「そうでなければ、説明がつきません」
「そんな……」
ティナは俯き、歯を食いしばる。言葉を選び、そしてその重みを十分に噛み殺す。奇しくも、その姿はかつてのティニアと重なって見えた。
「……レンの魂は躯体に宿り、目覚めたのだと考えられます。ティニアさんとして……」
「ティニアが、レン……」
マリアは目を閉じた。
現実から、もう目を背けることは出来ない。
随分前から、分かっていた。
気付かないふりをして、彼女の口から真実が聞けることを望んでいた。
壁を作り、ティニアと一線を置いてきた。
アルベルトの登場を皮切りに、ティニアとは向き合えた。そう考えていた。
だが、真に向き合うことは出来なかったというのか。
自分よがりだったことに気付いた。
後悔と自責の念が、込み上げてくる。
それらはキリキリと痛み、マリアの心を刺した。
納得できない自分。
本人の口から、真実が聞きたかったと望む自分。
それは、エゴに過ぎない。
逃亡先の雪原で助け出されてから、ずっと一緒に居たではないか。
その間も、彼女は苦しみ続けていたというのか。
今のティニアではなく、アルビノの少年——レンを、マリアは思い返す。
淡々と語っていた、命の尊さ。
達観した思想を、異質であると――。
当時は、命を軽く見ていると思っていた。
間違いだったのだ。
壮絶な世界に生きる彼にとって、裏切り者のした行動は、許せないものだった。
アウローラの拠点にいた、マイク・レイリー。
彼は、娘の死を受け入れられずにいた。
そして、生き返らせるために、アウローラを裏切った。
それがマイクにとって懇願であったとしても、レンから見れば滑稽に映ったのかもしれない。
——想い人の死を、レンはどう乗り越えたのだろうか。
精霊のような力を持ち、魔法を使うというレン。
彼女でも叶わなかった、想い人の命。
自らも死んでいく、凌駕出来ない理。
そして、彼女のたどり着いた境地。
それは単なる達観と諦めではなかったのかもしれない。
全てを知った上での言葉の重みを、マリアは今頃になって知った。




