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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode23「紫雲英、ちりぬるを」
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㉓-1 漂泊者のうた①

 マリアは震えていた。

 呼吸を、息継ぎを忘れてしまった。


 首を横に振り、無意識に否定している自分に気付く。

 そんな自分を振り切るために、尚も首を横に振った。


 朱色の髪が落ち着くころには、口を開けたまま立ち尽くしていた。


 時間だけが過ぎていく。

 マリアは歯を食いしばると、目の前の彼女へ視線を送る。

 心配そうに、そして祈るような視線と合わさった。


「……ねえ、ティナ」

「はい」

「ううん、レイス——。名前の多い貴女だから、何かの間違いよね?」


 なんとか言葉を発したマリアの前には、金髪碧眼の美女が立っている。長い金髪を大きな三つ編みにし、胸の方へ垂らす。

 レイス改め——ティナは、かつての同居人と瓜二つな外見をしていた。


 二人の違うところと言えば、ティナにはあるほくろが、ティニアにはないところくらいだ。

 偶然、ただの似通っているだけの二人だと、マリアは思っていた——。


「…………」


 ティナは押し黙ったまま、ゆっくりと首を横に振った。胸へと垂れ下がっている三つ編みは、大きく揺れ動いた。

 言葉にならない衝撃は、遠き星——レスティン・フェレスの話を超えてしまった。


 ティナは目を力強く閉じると、大きく深呼吸した。

 そして、青い瞳を覗かせる。


「私の前世の名前は、ティニア・ボレード……。レスティン・フェレスの技術で生み出された、全身が機械で作られた人形——アンドロイドです」


 ティナはもう一度説明した。

 受け止めきれずにいるマリアは、視線を逸らすことしか出来なかった。

 現実はマリアを無視し、足早に通り過ぎていくかのようだ。

 理解が追いつかない。


「あ、貴女がティニアって……。偶然、名前が同じだけよね?」

「……いいえ」


 ティナはそう言うと、辛そうに窓を見つめた。


 カーテンは開けられているものの、外の景色など目に入らなかった。

 ティナはゆっくりとした足取りで窓へ近づくと、音を気にすることなくカーテンを閉めた。


 呆然と立ち尽くしていたマリアの体が、一瞬だけ跳ね上がる。


「……どういうことなの?」


 閉めたカーテンを見つめていたティナは、静かに振り返った。


「アウローラが奇襲に遭い、マリアが拠点から逃げたあの後、ラウルはレンの遺体を回収しました」

「…………」

「元々の命令は、レンの遺体を証拠が残らぬように処分することでした。ですが、ラウルはレンの遺体を手厚く葬ろうと考えていました」


 ティナは俯いた。

 緊張の糸が、マリアの背筋を通った。


「……ラウルが遺体を回収し、アウローラの拠点を脱出しようとしていた時です。ラウルへ敵組織・ヴェルローラから連絡が入ったのです。それは、レンの遺体を持ち帰るように、という命令でした」

「な……」


 驚きと絶望は、マリアの言葉を失わせた。

 ティナは、右手を左腕で掴んだ。眉間に皺を寄せ、口元を歪ませる。


「レンはアウローラの襲撃前に、廃棄処分が決定したと話しましたよね」


 ティナの確認するような言葉に、マリアは黙って頷いた。


「ここからは、私の想像ですが。……回収されたレンの魂を、ヴェルローラは再利用したのだと思われます」

「さ、再利用……!?」


 マリアが思っていたよりも大きな声になったことに、本人が一番驚いていた。マリアは慌てて口元をつぐむ。ティナの話を邪魔するわけにはいかない。


「私の前世の一つ、機械人形であるティニアの躯体を、奴らは持っていました。それが何故なのかはわかりません。その躯体に、レンの魂をねじ込んだのでしょう」


 ティナの言葉を、信じることが出来ないのではない。

 信じたくなかった。

 理から大きく外れた現実が、今のティニアに起きていることだというのか。


「そうですね、無理やり宿らせた、という言葉の方が近いかもしれません」


 頭の中が真っ白になったような気がした。


「そうでなければ、説明がつきません」

「そんな……」


 ティナは俯き、歯を食いしばる。言葉を選び、そしてその重みを十分に噛み殺す。奇しくも、その姿はかつてのティニアと重なって見えた。


「……レンの魂は躯体に宿り、目覚めたのだと考えられます。ティニアさんとして……」

「ティニアが、レン……」


 マリアは目を閉じた。


 現実から、もう目を背けることは出来ない。


 随分前から、分かっていた。

 気付かないふりをして、彼女の口から真実が聞けることを望んでいた。


 壁を作り、ティニアと一線を置いてきた。

 アルベルトの登場を皮切りに、ティニアとは向き合えた。そう考えていた。

 だが、真に向き合うことは出来なかったというのか。


 自分よがりだったことに気付いた。

 後悔と自責の念が、込み上げてくる。

 それらはキリキリと痛み、マリアの心を刺した。


 納得できない自分。

 本人の口から、真実が聞きたかったと望む自分。

 それは、エゴに過ぎない。


 逃亡先の雪原で助け出されてから、ずっと一緒に居たではないか。

 その間も、彼女は苦しみ続けていたというのか。


 今のティニアではなく、アルビノの少年——レンを、マリアは思い返す。

 淡々と語っていた、命の尊さ。

 達観した思想を、異質であると――。

 当時は、命を軽く見ていると思っていた。


 間違いだったのだ。

 壮絶な世界に生きる彼にとって、裏切り者のした行動は、許せないものだった。


 アウローラの拠点にいた、マイク・レイリー。

 彼は、娘の死を受け入れられずにいた。

 そして、生き返らせるために、アウローラを裏切った。

 それがマイクにとって懇願であったとしても、レンから見れば滑稽に映ったのかもしれない。


 ——想い人の死を、レンはどう乗り越えたのだろうか。


 精霊のような力を持ち、魔法を使うというレン。

 彼女でも叶わなかった、想い人の命。

 自らも死んでいく、凌駕出来ない理。


 そして、彼女のたどり着いた境地。

 それは単なる達観と諦めではなかったのかもしれない。

 

 全てを知った上での言葉の重みを、マリアは今頃になって知った。

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