㉒-6 遠い記憶
どうやってミュラー家から帰宅したのか、マリアに覚えはない。
出迎えたティナは、やつれた顔をしたマリアに対し、無言で抱きとめた。
そのままティナに支えられるように部屋へ入ると、ソファーへ落ちるように座った。
「レスティン・フェレスの話、それからティニア――レンの話を聞いてきたわ」
「仕事の後でですか? ……お疲れさまでした」
「話の途中で、ミランダさんもディートリヒさんも、私を心配してくれたわ。話の途中だったかもしれない」
マリアは、ぽつぽつと自分の考えをまとめるように、二人から聞いた話をティナに聞かせた。
ティナは目を潤ませながら、黙って聞いてくれた。
一通り話すと、マリアは放心状態のようになってしまった。
ティナは黙って紅茶を淹れると、カップをテーブルに置いた。
湯気は白く揺らめいていたが、紅茶の香りは感じられない。
「どれだけ辛かったんだろう。想像出来ない」
「マリア……」
「ティニアだけじゃないわ。ラウルだって……」
「…………」
ティナも持っていたカップをテーブルに置いた。
「……私は。私の前世は、レスティン・フェレスの景国という小さな島国に生まれました。地球でいう所の、日本のような国です」
「うん」
語るティナに、辛そうな表情は見えない。懐かしそうに微笑みながら、一つ一つを丁寧に語った。
「……レンは、私を見つけて、すぐにルギリアという国へ連れて行ってくれました。そこで、様々な話をしました」
「そう。……縁があったのね」
「はい。その間も、レンはずっとレスティン・フェレスで、船の帰還を待っていたそうです」
ティナは瞳を揺らした。
「……だからこそ、多くの方々が代わる代わる、彼女に関わって行きました。レンを一人にしないように、と」
「そう……。それでも寂しかったでしょうね」
「……皆は先に死に、レンは生き続けてます。私たちとレンでは、次元が違ったのです。その時の私はただの人間で、無力でした」
「ティナ……」
窓の外、空を見つめながら、ティナは語り続ける。遠い日々を。
「そして知ったのです。私に、更なる前世があることを」
「前世? まさか、その前世もレンと関係が?」
「はい」
ティナは目を閉じた。
「私のその前世は、機械人形でした」
「え…………」
「私は、ラウルの姉機体です」
「……ラウルは、貴女の弟だったのね……」
ティナは辛そうに目を開くと、胸に手を当てた。指先が痙攣するように震えている。
「ラウルは、地球へ渡る戦艦に乗っていったと聞きました」
「…………」
「機械人形とは、無から作り出したもの――生まれ変わる以前に、魂が宿っていたのかさえわかりません」
ティナが以前話していた、『マリアは、機械や物に意思があり、それらが生まれ変わることを信じられますか』という言葉を思い返していた。
あの言葉の意味――それは、ティナにとって祈りのようなことだったのかもしれない。
「ヴェルローラのケルンメンシュとは、レスティン・フェレスの機械人形を模したものなのです」
「!」
「ラウルを狂わせ、技術を聞き出したはいいものの、一度も成功例は有りません。その結果、ヴェルローラは人の子を材料に人造人間を作った。機械ではなく、人の子の意思を、魂を利用したのです」
「ひどい……」
「ヴェルローラは、その行為を再利用と言っていました」
惨たらしい実験を繰り返したに違いなかった。
マリア達成功例の下には、無数の子供たちの命があるのかもしれない。
「ティナ――レイスも、元は人の子……何の罪もない子供だったのでしょう?」
「そうですね」
「改造されただけでも、十分被害者だわ……。ティナだって、折角人の子に生まれ変われたのに……」
「……そうですね」
ティナはカーテンを開けた。外はもう薄暗くなっている。
「私の前世である機械人形は、非戦闘用でした。私は当初、ベビーシッターとして作られた機械人形でしたから」
「ベビーシッター!?」
「そうなのですよ。とある赤子の面倒を見るために、作られたのです。お母様がご病気で育児が出来ないことから、妊娠中から仕えていました」
「機械人形は、平和的利用をされていたのね」
「そうです」
ティナは頷いた。
マリアは当然の疑問を投げかける。
「じゃあ、ラウルは……?」
ラウルは戦闘用ではなかったのか。
あれだけの戦闘技術、瞬発力を兼ね備えた彼は――。
しかし、事実はマリアの想像とは違っていた。
「ラウルは、その生まれてくる赤子、子供の遊び相手、仕えるものとして、作られたのです」
「ええ! 子供の、遊び相手……!?」
あのラウルが? という心の中で叫んだ。
驚くマリアを尻目に、ティナは冷静なままだ。そして、静かにマリアを横目で見つめた。
「マリアは」
ティナはもう一度、マリアの名を呼んだ。
「マリアは……、戦闘技術を学んだことを、人を殺める方法を学んだことを、後悔していますか?」
強くなりたかった。
力が欲しかった。
ティナと——レイスと共に生きるために。
ただ、平和になった今は――。
「後悔はしてる。でなければ、あの子を、レンやラウルに銃口を向けたりなんてしなかった」
「マリア……」
「でも、学んでなければ生き残れなかった。そう思っているわ」
ティナはマリアの言葉に静かに頷いた。
「戦いを教えてくれて、ありがとう」
「マリア……!」
彼女は苦しんでいたのだ。
マリアに、戦闘技術を、殺傷技術を教えたことを――。
ずっと、ずっと――。
ティナは何かを噛み締めるように目を閉じた。
「マリア」
「なあに?」
「驚かないで、聞いてください」
「驚くわ。素直に驚くと思う。でも、疑ったりしない。信じるわ」
目を開けると、ティナの瞳は青く光り輝いた。よくみればそれは、星空のような煌めきを放つ。
「私の、機械人形としての名前は――」
ティナは一瞬目を逸らし、そして目を閉じてからマリアをその美しい瞳で見つめた。
「私の名は、ティニア。……ティニアという、機械人形でした」
「? え?」
「…………」
「なに? え、どういうこと?」
動揺を隠せないマリアに、ティナは再びその名を告げた。
「私は、ラウルの姉機体として作られた、ティニア・ボレードという機械人形でした」
マリアは呆然とし、ティナも俯いたまま時間だけが過ぎる。
時計の針が壊れたのではない。ただ、長い時間が足早に過ぎていったのだ――。




