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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode22「紅茶の香りと、長い時の流れ」
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㉒-6 遠い記憶

 どうやってミュラー家から帰宅したのか、マリアに覚えはない。

 出迎えたティナは、やつれた顔をしたマリアに対し、無言で抱きとめた。


 そのままティナに支えられるように部屋へ入ると、ソファーへ落ちるように座った。


「レスティン・フェレスの話、それからティニア――レンの話を聞いてきたわ」

「仕事の後でですか? ……お疲れさまでした」

「話の途中で、ミランダさんもディートリヒさんも、私を心配してくれたわ。話の途中だったかもしれない」


 マリアは、ぽつぽつと自分の考えをまとめるように、二人から聞いた話をティナに聞かせた。

 ティナは目を潤ませながら、黙って聞いてくれた。


 一通り話すと、マリアは放心状態のようになってしまった。

 ティナは黙って紅茶を淹れると、カップをテーブルに置いた。

 湯気は白く揺らめいていたが、紅茶の香りは感じられない。


「どれだけ辛かったんだろう。想像出来ない」

「マリア……」

「ティニアだけじゃないわ。ラウルだって……」

「…………」


 ティナも持っていたカップをテーブルに置いた。


「……私は。私の前世は、レスティン・フェレスの景国(けいこく)という小さな島国に生まれました。地球でいう所の、日本のような国です」

「うん」


 語るティナに、辛そうな表情は見えない。懐かしそうに微笑みながら、一つ一つを丁寧に語った。


「……レンは、私を見つけて、すぐにルギリアという国へ連れて行ってくれました。そこで、様々な話をしました」

「そう。……縁があったのね」

「はい。その間も、レンはずっとレスティン・フェレスで、船の帰還を待っていたそうです」


 ティナは瞳を揺らした。


「……だからこそ、多くの方々が代わる代わる、彼女に関わって行きました。レンを一人にしないように、と」

「そう……。それでも寂しかったでしょうね」

「……皆は先に死に、レンは生き続けてます。私たちとレンでは、次元が違ったのです。その時の私はただの人間で、無力でした」

「ティナ……」


 窓の外、空を見つめながら、ティナは語り続ける。遠い日々を。


「そして知ったのです。私に、更なる前世があることを」

「前世? まさか、その前世もレンと関係が?」

「はい」


 ティナは目を閉じた。


「私のその前世は、機械人形でした」

「え…………」

「私は、ラウルの姉機体です」

「……ラウルは、貴女の弟だったのね……」


 ティナは辛そうに目を開くと、胸に手を当てた。指先が痙攣するように震えている。


「ラウルは、地球へ渡る戦艦に乗っていったと聞きました」

「…………」

「機械人形とは、無から作り出したもの――生まれ変わる以前に、魂が宿っていたのかさえわかりません」


 ティナが以前話していた、『マリアは、機械や物に意思があり、それらが生まれ変わることを信じられますか』という言葉を思い返していた。

 あの言葉の意味――それは、ティナにとって祈りのようなことだったのかもしれない。


「ヴェルローラのケルンメンシュとは、レスティン・フェレスの機械人形を模したものなのです」

「!」

「ラウルを狂わせ、技術を聞き出したはいいものの、一度も成功例は有りません。その結果、ヴェルローラは人の子を材料に人造人間を作った。機械ではなく、人の子の意思を、魂を利用したのです」

「ひどい……」

「ヴェルローラは、その行為を再利用と言っていました」


 惨たらしい実験を繰り返したに違いなかった。

 マリア達成功例の下には、無数の子供たちの命があるのかもしれない。


「ティナ――レイスも、元は人の子……何の罪もない子供だったのでしょう?」

「そうですね」

「改造されただけでも、十分被害者だわ……。ティナだって、折角人の子に生まれ変われたのに……」

「……そうですね」


 ティナはカーテンを開けた。外はもう薄暗くなっている。


「私の前世である機械人形は、非戦闘用でした。私は当初、ベビーシッターとして作られた機械人形でしたから」

「ベビーシッター!?」

「そうなのですよ。とある赤子の面倒を見るために、作られたのです。お母様がご病気で育児が出来ないことから、妊娠中から仕えていました」

「機械人形は、平和的利用をされていたのね」

「そうです」


 ティナは頷いた。

 マリアは当然の疑問を投げかける。


「じゃあ、ラウルは……?」


 ラウルは戦闘用ではなかったのか。

 あれだけの戦闘技術、瞬発力を兼ね備えた彼は――。


 しかし、事実はマリアの想像とは違っていた。


「ラウルは、その生まれてくる赤子、子供の遊び相手、仕えるものとして、作られたのです」

「ええ! 子供の、遊び相手……!?」


 あのラウルが? という心の中で叫んだ。

 驚くマリアを尻目に、ティナは冷静なままだ。そして、静かにマリアを横目で見つめた。


「マリアは」


 ティナはもう一度、マリアの名を呼んだ。


「マリアは……、戦闘技術を学んだことを、人を殺める方法を学んだことを、後悔していますか?」


 強くなりたかった。

 力が欲しかった。


 ティナと——レイスと共に生きるために。

 ただ、平和になった今は――。


「後悔はしてる。でなければ、あの子を、レンやラウルに銃口を向けたりなんてしなかった」

「マリア……」

「でも、学んでなければ生き残れなかった。そう思っているわ」


 ティナはマリアの言葉に静かに頷いた。


「戦いを教えてくれて、ありがとう」

「マリア……!」


 彼女は苦しんでいたのだ。

 マリアに、戦闘技術を、殺傷技術を教えたことを――。

 ずっと、ずっと――。


 ティナは何かを噛み締めるように目を閉じた。


「マリア」

「なあに?」

「驚かないで、聞いてください」

「驚くわ。素直に驚くと思う。でも、疑ったりしない。信じるわ」


 目を開けると、ティナの瞳は青く光り輝いた。よくみればそれは、星空のような煌めきを放つ。


「私の、機械人形としての名前は――」


 ティナは一瞬目を逸らし、そして目を閉じてからマリアをその美しい瞳で見つめた。


「私の名は、ティニア。……ティニアという、機械人形でした」

「? え?」

「…………」

「なに? え、どういうこと?」


 動揺を隠せないマリアに、ティナは再びその名を告げた。


「私は、ラウルの姉機体として作られた、ティニア・ボレードという機械人形でした」


 マリアは呆然とし、ティナも俯いたまま時間だけが過ぎる。

 時計の針が壊れたのではない。ただ、長い時間が足早に過ぎていったのだ――。

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