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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode22「紅茶の香りと、長い時の流れ」
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㉒-4 遠い世界で①

 ティナの話は衝撃的だった。

 怒涛の話ではあったが、全てを打ち明けられたわけではないだろう。考えを整理するために話を止めたのは正解だった。


 次の日、マリアは何事もなかったかのように出勤した。

 午後の鐘が鳴り終え、一瞬の静寂と共に日常の喧騒に町は包まれた。

 どこか上の空であったものの、なんとか業務を終える。


 ミランダはマリアの様子に気付いており、仕事が終わるとミュラー家へ招待された。


「レスティン・フェレスと、レンについて、知ってることを教えて」


 玄関の扉が閉まるのを待ってから、マリアはミランダの背中に訴えた。無言のミランダに対し、マリアは言葉を待った。


「レスティン・フェレスの話は、どこまで知っている?」


 ミランダに迷いはないようだった。


「遠いタウロス星圏にあるとか、彼らの技術で片道二百年くらいかかる、とか。ティニア――レンの事については、精霊のような存在で、レスティン・フェレスで待ち続けていたこと。それから、……レンの想い人の話を聞いたわ」

「……そうか」


 レンの切なる想い、ティニアとして生きる彼女の想い。

 それを語る資格があるとは思えない。


 ミランダ達も、悩んだはずだ。

 決して軽い話ではない。


「ねえマリア。マリアは、その話を本人の口から聞きたかったのではなかったか?」

「それは……」

「いくら何でも、プライベートなことだ。私は……」

「ミランダも、あまりマリアをいじめるな」


 ミランダの言葉を遮ったのは、煙草をくわえて現れたディートリヒだった。


「マリア。俺たちがタウ族だと知って、話をしに来たんだろ?」

「……うん。アルベルトには、何も言っていないわ」

「レスティン・フェレスか……」


 ディートリヒは遠い目をした。


「お願い。教えて……」

「レスティン・フェレスには地球とは異なる文化があった。俺たちは伝え聞いた話でしか知らないがそれでもいいか?」

「うん」

「地球の空と比べて、レスティン・フェレスの空は紫がかった空色だったという……」

「ディディ……」


 聞きなれぬ愛称で、旦那の名を呼ぶミランダ。呼ばれたディートリヒは、無言で頷いた。


 リビングのソファーへ通されると、マリアは腰かけた。以前はアルベルトと共に訪れていたものの、今回は一人だ。

 ミランダはディートリヒの隣に座り、手を組んだ。


 マリアは二人を交互に見つめた。


「船に乗って地球へ向かったそうね」

「ああ、そうだ。我々にとっては、遠き祖先と共に、レンの想い人――彼もまた人知を超えた存在だった。長い時を生きられる彼に率いられ、タウ族の地球移民作戦は決行されたんだ」


 ティナに話した通りのことだった。

 安堵と共に、心が締め付けられる。


「……レスティン・フェレスを旅立った船は、何の問題もなく地球へ無事に降り立った。百二十年ほどかかったと言われている」

「その頃、地球では領土争いが激化しており、各地で紛争が絶えなかった。地球の地理や政治に関する知識もほとんどなく、彼らは困難の中で新たな生活を築かなければならなかったんだ」

「彼らは地球に降り立つと、アスカーニエン家の祖である者たちに救われ、彼らと行動を共にした。アスカーニエン家は我等の、レスティン・フェレスの技術に触れることはなく、使おうともしなかった」

「とんでもない技術だものね……」

「そうだな」


 それほどの技術を前にしても、手を伸ばそうとしなかった。

 それだけアスカーニエン家は寛大だったのかもしれない。


 続きを話すミランダは、静かに声のトーンを落とした。


「そのまま行けば良かったんだ……」

「……え? 用事が終われば、想い人はレスティン・フェレスへ帰ることが出来たんでしょ?」

「…………」

「確かに、移民であるタウ族たちの生活の基盤さえ整えば、想い人はレスティン・フェレスへ帰ることが出来た。だが……」


 あのミランダが言葉に詰まっている。

 ディートリヒは、視線を妻から床へと落とした。


 少しの沈黙が、長く感じられた。


「西暦855年、……レンの想い人が命を落としたんだ」

「……‼ そ、そんな…………」


 嘘だと思いたかった。

 ミランダ、そしてディートリヒの表情は歪んだままだ。


「今でいうドイツの、エルベ川沿い、ハルツ山脈だったそうだ」

「だって、ティニア――レンは……。ずっと、レスティン・フェレスで待っていたって……」

「そうだな。何も知らないまま、彼女は待ち続けていた」


 長い時を、レンは願い続けた。そして何も知らずに待ち続け、待っていたのは死の知らせだったなど――。

 マリアが絶句していると、ディートリヒはミランダの肩を抱いた。


「……レンは何も知らないまま、五百年ほど待ち続けたんだ」

「…………」

「そして、レンは何の便りもない想い人を探すために、力を使い切る形で地球へ転移した」

「魔法のような力を使ったと考えてくれ」


 流石にもう驚かなかった。

 彼女の人知を超えた力――物理法則を超える力は、本物だったのだ。


「レンが地球へやってきたのは、西暦1105年頃だ」

「レンの力は強かったが、地球への旅路を一瞬で渡ったことで、力尽きたと言われている。だが、現地で彼女が知ったのは、想い人の死だった――」

「それを教え、支援してくれていたのが、当時のバレンシュテット伯、オットー様。彼の息子が、アルブレヒト様。つまり、熊公だ」

「そうだったのね。……それが、11、ううん。12世紀の話……?」

「そうだ」


 ミランダは強い口調で言い切った。


「レンはその後も、熊公の――アスカーニエン家である子孫の間を転々としていた」

「…………」

「ずっとアスカーニエン家と共に居たんだ。そして、プロイセン公国が建国された後の1748年、事件が起きる」

「事件?」


 マリアがすぐさま反応し、顔を上げた。ミランダの見つめる瞳は揺らぎ、動揺を隠せずにいる。


「想い人とともに行動していた者が現れ、レンの住んでいた町を襲撃したの」

「な、んですって」


 嫌な予感がする。マリアは手を強く握った。


「その者は気がおかしく、狂っていた。レンはその者をなんとか止めて、故障させた」

「故障……」


 ――嫌な、予感がした。

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