㉒-3 遠い昔話②
ティナはゆっくりと瞬きすると、紅茶の入ったカップの水面を見つめながら話し出した。
「……レンには、想い人がいました。彼は大きな船に乗り込み、地球へ向かわなければなりませんでした」
「ち、地球へ……?」
「はい。そして、レンの想い人の乗った船の乗組員の中に、ラウルがいました」
「!」
思わず声を上げてしまいそうであった。
ティナの話を止めるべきではない為、それを堪えた。
「乗組員は他にもいました。彼らと共に乗船した一族を、タウ族と言います」
ティナは顔を上げたが、壁にある窓を見つめていた。窓の外は明るいものの、辺りはすっかり夜だ。
「片道で百五十年から二百年ほど。五百年もあれば、往復出来る――そういう計画でした」
「ちょっと待って……。百五十年……!?」
「そうです。それだけ、二つの星はかけ離れていました」
「そ、そうじゃなくて……」
あっさりと話すティナに迷いはない。信じていないわけではないが、マリアにはとても想像出来るものではない。
二百年でも意味が分からないほど長く感じられるのに、五百年とは――。
マリアもそこまで生きてはいられないだろう。
驚きすぎたのか、マリアは思い付きで質問を返してしまった。
「レンの想い人や、ラウル、それにタウ族はその間生きていたの?」
マリアの指摘に、ティナは静かに頷いた。
「レンの想い人も、レンと同様に精霊に近い存在で、永遠に近い時を生き抜いていました」
「ラウルは?」
「ラウルは、レスティン・フェレスで作られたアンドロイド。……機械人形です」
「な…………」
ラウルは、アンドロイド――機械人形であるという。
ケルンメンシュと、どう違うのだろうか。
マリアの想いを汲み取ったのか、ティナは身振り手振りで話し出した。
「ラウルは、全てが機械で作られています。全身が機械で出来ている、と考えて下さい」
「全身が……」
それであの瞬発力を出せるというのだろうか。
ラウルはどんな思いで船に乗り込み、想い人と共に長い時を過ごしていたのだろうか。
黙り込んだマリアを横目に、ティナは話を続けた。
「タウ族はただの人間ですから、船内で老いて息絶える者もいたそうです。ですが、船内で子を成しながら、彼らと共に航海を続けていました」
「……ッ」
途方もない航海は、マリアの想像の域を超えていた。
「厳しい航海だったでしょうね……」
「そうでしょうね」
「…………」
「レンは彼らの無事を願い、ずっと待ち続けていました」
「………………」
ティニア――レンは待ち続けていたというのか。そんなにも長い時を。
想像を絶している現実に、マリアは言葉を失った。
ティナは冷えてぬるくなってしまった紅茶を口に含んだ。
「そこから先、地球でのことは、ミランダ・ミュラーから話を聞くのが良いでしょう」
「どうして、ミランダさんが……」
「ミランダ・ミュラーはタウ族の末裔です。地球人と混血になっているかもしれませんが、タウ族の者です。恐らく、旦那であるディートリヒ・ミュラーも、タウ族でしょう」
何も、知らなかった。
あの優しいミランダとその旦那ディートリヒが、遠い星から来た一族の末裔だったのだと。
ミランダとディートリヒは、レンと想い人の話を知っていることになる。
レン――ティニアは今、アルベルトと同棲している。
二人は、そのことを応援しているかのように見えた。
二人とは、もう一度話をする必要がありそうだ。
それに――。
ティニアは、想い人のことを振り切っているのだろうか。
長い時を、何も知らずに待ち続け、待っていたのは死の知らせ。
彼女の身に起きたであろう悲劇的な数々は、マリアの想像の域を遥かに超える。
ティナは紅茶を飲まずに、カップを見つめている。
カップの水面が、少し揺れた。
話は、マリアの理解力を超えていた。
淡々と語るティナにとって、これらは普通の出来事なのだろうか。
「マリアは、機械や物に意思があり、それらが生まれ変わることを信じられますか?」
突然の問いかけ。
しかし、マリアの中にある選択肢は、一つだ。
「……信じるわ」
「そう、ですか」
ティナはまだ、目線を合わせようとはしない。
マリアはその視線が合うのを待った。相手が口を開くまで待つ――その姿勢は、ミランダによく似ていた。
待つのは簡単だ。決断をする側の過酷さを、マリアは知っている。ただ、自分たちに残された時間がないのではないか。ふとその考えが頭を過ぎり、一瞬で忘却する。
「……続きの話をする前に、ミランダさんたちから話を聞いてくるわ。多分、その方が良いと思う」
ティナには、何か迷いがある。
それでも、真実を話そうと無理をしている。
納得した上で、話がしたかった。
それに、ミランダ達の話を聞き直したかったのも事実だ。
「……わかりました」
ティナはマリアを見据えた。
「ティナは、ラウルと話をしなくていいの?」
「ラウルと、……ですか?」
「うん。以前いったシチリア近くの島、その地下の施設で遭遇したけれど……」
「……あまり行かない方が良いとは思いますが」
一瞬だけ視線が合う。その視線は弱々しく、迷いが見える。
「どこなのか、言わなくてもわかるのね」
「ごめんなさい」
「謝らなくてもいいわ。ごめん、意地悪な言い方だった」
「……その、ラウルとは、アウローラの拠点で別れて以来、まだ会っていません。……まだ、無理です。合わせる顔がありません」
「ティナ……」
「ただ、心配して気に掛けてくれている事は確かだと思います」
「うん。私もそう思うわ」
ティナは立ち上がると、静かにカーテンを閉めた。
ティナは息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。胸を大きく上下させる、深い呼吸だった。
なぜかその挙動に、見覚えがあったが、そのシーンを思い描く余裕は、今のマリアには無い。
「話してくれて、ありがとう」
ティナはマリアに視線を合わせる。その瞳は躊躇うように揺れたが、それでもマリアを真っ直ぐ見据えていた。




