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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode22「紅茶の香りと、長い時の流れ」
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㉒-3 遠い昔話②

 ティナはゆっくりと瞬きすると、紅茶の入ったカップの水面を見つめながら話し出した。


「……レンには、想い人がいました。彼は大きな船に乗り込み、地球へ向かわなければなりませんでした」

「ち、地球へ……?」

「はい。そして、レンの想い人の乗った船の乗組員の中に、ラウルがいました」

「!」


 思わず声を上げてしまいそうであった。

 ティナの話を止めるべきではない為、それを堪えた。


「乗組員は他にもいました。彼らと共に乗船した一族を、タウ族と言います」


 ティナは顔を上げたが、壁にある窓を見つめていた。窓の外は明るいものの、辺りはすっかり夜だ。


「片道で百五十年から二百年ほど。五百年もあれば、往復出来る――そういう計画でした」

「ちょっと待って……。百五十年……!?」

「そうです。それだけ、二つの星はかけ離れていました」

「そ、そうじゃなくて……」


 あっさりと話すティナに迷いはない。信じていないわけではないが、マリアにはとても想像出来るものではない。

 二百年でも意味が分からないほど長く感じられるのに、五百年とは――。


 マリアもそこまで生きてはいられないだろう。

 驚きすぎたのか、マリアは思い付きで質問を返してしまった。


「レンの想い人や、ラウル、それにタウ族はその間生きていたの?」


 マリアの指摘に、ティナは静かに頷いた。


「レンの想い人も、レンと同様に精霊に近い存在で、永遠に近い時を生き抜いていました」

「ラウルは?」

「ラウルは、レスティン・フェレスで作られたアンドロイド。……機械人形です」

「な…………」


 ラウルは、アンドロイド――機械人形であるという。

 ケルンメンシュと、どう違うのだろうか。


 マリアの想いを汲み取ったのか、ティナは身振り手振りで話し出した。


「ラウルは、全てが機械で作られています。全身が機械で出来ている、と考えて下さい」

「全身が……」


 それであの瞬発力を出せるというのだろうか。

 ラウルはどんな思いで船に乗り込み、想い人と共に長い時を過ごしていたのだろうか。


 黙り込んだマリアを横目に、ティナは話を続けた。


「タウ族はただの人間ですから、船内で老いて息絶える者もいたそうです。ですが、船内で子を成しながら、彼らと共に航海を続けていました」

「……ッ」


 途方もない航海は、マリアの想像の域を超えていた。


「厳しい航海だったでしょうね……」

「そうでしょうね」

「…………」

「レンは彼らの無事を願い、ずっと待ち続けていました」

「………………」


 ティニア――レンは待ち続けていたというのか。そんなにも長い時を。

 想像を絶している現実に、マリアは言葉を失った。


 ティナは冷えてぬるくなってしまった紅茶を口に含んだ。


「そこから先、地球でのことは、ミランダ・ミュラーから話を聞くのが良いでしょう」

「どうして、ミランダさんが……」

「ミランダ・ミュラーはタウ族の末裔です。地球人と混血になっているかもしれませんが、タウ族の者です。恐らく、旦那であるディートリヒ・ミュラーも、タウ族でしょう」


 何も、知らなかった。

 あの優しいミランダとその旦那ディートリヒが、遠い星から来た一族の末裔だったのだと。


 ミランダとディートリヒは、レンと想い人の話を知っていることになる。

 レン――ティニアは今、アルベルトと同棲している。

 二人は、そのことを応援しているかのように見えた。

 二人とは、もう一度話をする必要がありそうだ。


 それに――。

 ティニアは、想い人のことを振り切っているのだろうか。

 長い時を、何も知らずに待ち続け、待っていたのは死の知らせ。

 彼女の身に起きたであろう悲劇的な数々は、マリアの想像の域を遥かに超える。


 ティナは紅茶を飲まずに、カップを見つめている。

 カップの水面が、少し揺れた。


 話は、マリアの理解力を超えていた。

 淡々と語るティナにとって、これらは普通の出来事なのだろうか。


「マリアは、機械や物に意思があり、それらが生まれ変わることを信じられますか?」


 突然の問いかけ。

 しかし、マリアの中にある選択肢は、一つだ。


「……信じるわ」

「そう、ですか」


 ティナはまだ、目線を合わせようとはしない。

 マリアはその視線が合うのを待った。相手が口を開くまで待つ――その姿勢は、ミランダによく似ていた。

 

 待つのは簡単だ。決断をする側の過酷さを、マリアは知っている。ただ、自分たちに残された時間がないのではないか。ふとその考えが頭を過ぎり、一瞬で忘却する。


「……続きの話をする前に、ミランダさんたちから話を聞いてくるわ。多分、その方が良いと思う」


 ティナには、何か迷いがある。

 それでも、真実を話そうと無理をしている。


 納得した上で、話がしたかった。

 それに、ミランダ達の話を聞き直したかったのも事実だ。


「……わかりました」


 ティナはマリアを見据えた。


「ティナは、ラウルと話をしなくていいの?」

「ラウルと、……ですか?」

「うん。以前いったシチリア近くの島、その地下の施設で遭遇したけれど……」

「……あまり行かない方が良いとは思いますが」


 一瞬だけ視線が合う。その視線は弱々しく、迷いが見える。


「どこなのか、言わなくてもわかるのね」

「ごめんなさい」

「謝らなくてもいいわ。ごめん、意地悪な言い方だった」

「……その、ラウルとは、アウローラの拠点で別れて以来、まだ会っていません。……まだ、無理です。合わせる顔がありません」

「ティナ……」

「ただ、心配して気に掛けてくれている事は確かだと思います」

「うん。私もそう思うわ」


 ティナは立ち上がると、静かにカーテンを閉めた。


 ティナは息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。胸を大きく上下させる、深い呼吸だった。

 なぜかその挙動に、見覚えがあったが、そのシーンを思い描く余裕は、今のマリアには無い。


「話してくれて、ありがとう」


 ティナはマリアに視線を合わせる。その瞳は躊躇うように揺れたが、それでもマリアを真っ直ぐ見据えていた。

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