↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode22「紅茶の香りと、長い時の流れ」
PR
138/250

㉒-2 遠い昔話①

 歯を食いしばりながら、込み上げてくる吐き気を抑えようとしていた。

 額からは、汗が滴り落ちていく。


 マリアが落ち着きを取り戻した時には、目の前の光景は見慣れた部屋へと変わっていた。

 ティナは水をグラスへ注ぐと、マリアへ差し出した。


「……ありがとう」

「いつからですか」

「…………」


 マリアは何も答えず、水を少しだけ口に含んだ。幸い吐くようなことはなく、マリアは少しずつ水を飲んでいく。

 グラスを空けたところで、ティナへ顔を向けた。


「……アウローラの拠点が襲撃される前から。ずっとなの」

「そんな……」


 ティナはマリアの背中を優しく撫でた。


「もう、平気。ごめんね。話の途中で」

「……おかしなところはありませんか?」

「……今のところ、大丈夫。でも……」


 打ち明けるべきだろうか。マリアは言葉を詰まらせた。

 その時、マリアの脳裏に、ある想いが浮かぶ。


 (自分から打ち明けなければ……。ティナが打ち明けてくれたように――)


 その想いは、迷うマリアを一蹴した。


「紫がかった青空が見えたの」


 呟くように、囁くような言葉だった。

 ティナの表情を見る余裕はなかったものの、驚いているようだった。


 マリアは幾度となく見せられた風景を話し出した。


「これくらい。腰くらいまである草っぱらがあって、遠くには青々とした山脈が見えたわ」

「…………」


 ティナは何も言わず、黙ってマリアの言葉を聞いている。


「どこの風景なのか、全く分からないの。でも、何度も見えるのはおかしいかなって……」

「…………フェレス」

「え?」


 ティナはマリアを撫でる手を止めると、遠くを見つめた。


「マリアは、レスティン・フェレスという言葉を知っていますか」

「レス……」

「レスティン・フェレスです」


 ティナは静かにそう言った。

 マリアにとってその言葉は、聞き覚えのある言葉だった。何か、遠い昔に聞いたような言葉だ。


「あるわ。……でも、それが何なのかは分からない」

 

 マリアにとって、正直な言葉だった。

 ティナは目を閉じた。


「どこかで聞いたことがあるみたいな感じだから、それが何を意味するのかは分からないわ」

「そうですか」

「……ティナ?」


 ティナは目を開けると、ゆっくりとした動作でマリアの手を取った。ティナの手が、震えている。


「ど、どうしたの……?」


 心配するマリアに対し、ティナは無言だった。

 震えが収まってきたところで、ティナは静かに立ち上がった。


「長くなります。腰を据えて、話しましょう」


 ティナはそう言うと、フラフラするマリアを支えながら、ソファーへと促した。


 マリアがソファーに腰を掛けたところで、台所からはカタカタという音と共に、シューという音が聞こえた。

 火にかけてあった、ヤカンからのようだ。


 ティナはそのまま台所へ立つと、慣れた仕草で紅茶を淹れだした。

 甘く香ばしい香りが、部屋の中に広がっていく。


 ティナは二つのカップを持つと、ソファー近くのテーブルへ置いた。

 二つのカップからは、温かな湯気がマリアを誘う。紅茶はハイビスカスとローズヒップなどを合わせたフレーバーであり、マリアが買っておいたとっておきである。


「どうぞ」

「ありがとう」

「…………」

「レスティン・フェレスの話は、したくない?」


 突き付けられた単語に、ティナは一瞬身震いすると、鳥肌の立った細い腕を掴んだ。目は更に泳いだものの、静かに目を閉じ深く呼吸する。

 ティナは何かを恐れている。何か強いトラウマがあるかもしれなかった。


「いえ、話さなければならないことですから……」


 ティナはそう言うとカップに手を伸ばした。

 カップに触れる指が震えており、ティナは静かに深呼吸を繰り返す。

 落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりとカップを手に取った。


「レスティン・フェレスとは、この星――地球から遠く離れた場所にある星と、その世界のことです」

「……へ? 星って、空で輝いている、あの……?」

「そうです」


 ――ティナは、一体何を言っているのか。

 マリアは口を半開きにしたまま、呆然とティナを見つめることしか出来なかった。

 

「……レンは、ここから遠い世界、レスティン・フェレスという星から来たのです」

「え…………」

「レスティン・フェレスはここからずっと遠く、近年になって確認されたタウロス星圏にあると言われています」

「ちょ、ちょっと待ってよ……。遠くにある星で、世界? レンは、異星人であるということ?」


 マリアは他の星に人が住んでいるなど考えたこともなかった。だが、ティナの話すことが偽りであるとは思えなかった。

 過去にティナやミランダ達が語ってくれたことが、頭の中を巡る。


「レンは精霊に近い存在であり、長い時を生きていました」

「レンは、ケルンメンシュなんじゃないの……?」


 ティナは更に俯いた。

 しかし、レンを――ティニアを実際に見ていればわかる。

 彼女は口癖だけではなく、物理法則というものを超えてしまうということを。


 最近、その口癖を聞かなくなってしまった。

 何か理由があるのだろうか。


 マリアの疑問に、ティナは俯いたまま答えた。


「ケルンメンシュになる、ずっと前の……。遠い昔の話です」


 マリアが目を丸くしたまま惚けていると、ティナは持っていたカップを見つめた。

 カップの中の紅茶は、透き通った赤に近いオレンジ色をしている。

 ティナは一瞬だけ、とても懐かしむような、慈しむような表情を浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。