㉑-3 夜汽車①
アルベルトは柔らかな温かみを感じ、その微睡の虚ろから目を覚ました。目の前で寝息を立てて眠る女性を抱えたままだ。
「なんだ、これは…………」
一瞬で覚める頭で、状況を整理する。魘される彼女に寄り添い、抱き寄せたまま頭を撫でていた筈だ。落ち着いてく彼女の寝息を耳に当て、眠ってしまったというのだろうか。
ティニアはあどけなさを残し、すうすうと眠っている。アルベルトは、美しく跳ねる金髪を撫でながら、そっと吸い込まれるように唇へ触れた。
「ん…………」
ティニアの声が漏れるのを聞いて、慌てて手を引いた。ティニアの美しい長いまつ毛がゆっくりと動き、青く輝く瞳が覗いた。
「……あれ、起きたんだ。おはよう」
「起きたんだって……。寝てたのはお前だろ」
「いや。少し前に一度、目が覚めたよ」
ティニアは、隣で添い寝する男に違和感も感じず、もう一度寝たというのか。
アルベルトの腕を振りほどこうとは思わなかったのか。
それ程までに、自分は男として見られていないのか。
アルベルトの頭には様々な思いが巡っては消えていく。
「……おい、体の具合は?」
「問題ないよ。ごめんね、よく覚えてないんだ。僕は倒れたの?」
「ああ。気を失ったから、診療所に……」
ゆっくりと髪をかき上げて起き上がる女性は襟元がはだけており、下に着ている下着の紐やレースが露わとなる。アルベルトの視線は、思わずその胸元へ吸い寄せられた。
思わぬ衝撃に、アルベルトは続けようとした言葉を忘れ、黙り込んだ。その行動が理解できず、ティニアは首を傾げる。あろうことか、下着は更に露わになった。
「まだ寝ぼけてるの?」
「いや…………」
「眠れた?」
下着から視線を外せないアルベルトは、自然と視線を上げた。
「あ、ああ……。悪い、こんなとこで、寝てしまって」
「眠れてないんでしょ。起こしても起きなかったし」
「そうだったのか。わ、悪かった……」
「ううん。でもね、ボクが起き上がれないから、一度起き上がって欲しい」
ティニアを抱きしめる形で寝そべっていたことに気付き、アルベルトは慌てて起き上がった。その拍子にアルベルトはシーツや布団を引っ張ってしまい、ティニアはバランスを崩す。
「わわっ」
「すまん!」
アルベルトはティニアを押し倒してしまう。
「わ。悪い! これは、その……」
「起きて欲しいとはいったけれど、いきなり動き過ぎだよ。びっくりするじゃない」
「…………あ、えっと……」
「まだ、ぼんやりしてる?」
「え、いや。ああ、まあ……」
そのままティニアは体を起こすと、アルベルトの頬に触れた。
目の前の、数センチに迫る青く澄んだ瞳。そして唇から目が離せなくなる。
触れたのはお互いの額であったが、アルベルトは息を飲んだ。
「ちょっと熱っぽいね」
「……ッ」
アルベルトの顔が赤く染まった。しかし、淡々としているティニアに対し、肩を落とすしかなかった。
それでも、額と額を合わせて熱を測るという行動は、どこか懐かしい。過去にあった出来事を思い出すかのようだった。昔もこうやって誰かに熱を測られたことがあるようだ。幼いころ、母親にされたのかもしれない。
「何度触れ合っても、熱が出るのは俺だけだ」
「うん?」
アルベルトは、きょとんとしているティニアを押し倒し、抱きしめた。そのままティニアの首筋に口を添わせるが、反応は一瞬だけであった。
「んんん。なに? くすぐったいよ。……人肌が恋しいの?」
その言葉は、まさか首筋にキスをされたのだとは気付いていないかのようだ。それはティニアらしくもあるが、虚しくもある。
「人肌って、……どういう意味だよ」
「いや、僕は抱き枕か何かなのかなって思って」
「なんだよ、それ」
「だって。君は僕を抱き寄せたらすんなり寝ちゃうじゃない」
淡々と語るティニアに、恥じらう様子は全く感じられない。
「……そうだとしたら、どうする?」
「どうするって? 僕を抱き枕にしてもいいかってこと?」
「察しがいいじゃないか」
「うーん」
ティニアは首を傾げるものの、淡々としており、そして意味がよくわかっていないかのようだ。
となれば、きっと。恐らく。彼女の回答はこうだ。
「君が眠れるなら、僕は構わないよ」




