㉑-1 夢
スイスのシャフハウゼンにあるシュタイン、アム・ライン。そこには美しいフレスコ画が描かれた建物が多く、その旧市街は中世の町へ人々を誘う。
外は雨音が鳴り響き、久々の大雨を記録する。
赤毛の男――アルベルトは、雨の中で木彫りの椅子を片手に、町を駆け抜けていた。一時間ほど前に、共に行動していたティニアに発作が起き、アルベルトは彼女を抱えて診療所へ掛け込んだ。その際、その場に置いてきてしまった木彫りの椅子を取りに行っていたのだ。
アルベルトがずぶぬれで診療所へ戻ると、診療所の医師レオンはタオルを持って待っていてくれた。
アルベルトは、タオルを頭から被ったまま病室へ向かう。病室へ足を踏み入れた、まさにその時だった。
寝息を立てて眠っていたティニアが苦しみだしたのだ。
診療所の中では壁掛けランプの明かりに照らされ、ティニアは浅い呼吸を繰り返した。額に僅かに汗をかき、苦しそうに魘されている。
「はぁはぁ、……ううッ!」
「おい、大丈夫か……」
苦しそうに寝返りを打ったティニアの胸元がはだけた。
露わになる肌色と下着の白さに、アルベルトは狼狽えた。
熱っぽく苦しむ姿を艶やかで美しいと思い、首を横に振った。
「こんな時に、俺は何を考えて……」
「あ……」
「ティニア、気付いたか!」
ティニアは目を開けることなく、その言葉を零す。
「あ……あかい、おおきな……」
「なんだって? おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
ティニアは微睡の中でその言葉を口にする。
「君はどこに居るの……」
唐突に言葉に現れた、君という言葉。
それは、恩人か、それとも――。
ティニアの頬からは涙が滴り落ちていく。
その涙を指で掬い取ると、拾いきれない程の大粒の涙が溢れ出す。
「なんで泣くんだよ……」
アルベルトの脳裏に、一瞬だけ何かの断崖絶壁の崖山のようなものが現れ、そして消えていった。
崖山は、かつてティニアが病室で見せてくれたに似ているような気がした。
アルベルトの意識は、何かに吸い込まれそうになった。
この所、数日間はよく眠れていない。
不思議な感覚は、眠気から来るものだろうと考えた。
「……道に迷っているのか?」
それは、無意識に口から零れ落ちた。
何故道に迷っていると思ったのか、何度考えてもわからなかった。
ティニアは尚も苦しそうにしており、再び寝返りを打った。
そのティニアの背中に、アルベルトはそっと触れる。
「俺はここにいるのに……。俺じゃ……、俺じゃ駄目なのか?」
ティニアは魘されているだけなのだろうか。
何か苦しいことでもあるのだろうか。
先ほど診察したレオンは、このまま安静にしていれば目覚めると言っていた。
ティニアの体に起こっている異変が分からず、無力感が込み上げてくる。
「お前は何を思う。誰を思う。誰を、慕うんだ」
その疑問に、返答はない。
無理をさせていたのかもしれない、そう感じた瞬間、鳥肌と共に後悔の念が押し寄せてきた。
毎日、ティニアは朝ごはんに、アルベルトの昼食用のサンドイッチ、そして夕食の支度をしてくれている。
洗濯から掃除、家事全般をそつなくこなしていた。
手伝える時は手伝ってはいたものの、気付けば家事は終わっていたことが多い。
「優しさは、ただの自己犠牲…………」
それは、かつて神父に忠告された言葉。
「お前はその夢魔に、誰を視るんだ…………」




