番外編①-1 朝方
◇番外編◇
いつも暁の芽吹をお読みくださりありがとうございます。
この度、番外編を挟むことに致しました。
よければ平和な時を楽しんでみて下さい。
今回の話は、Episode16「変化」と第三楽章が始まるまでのお話です。
◇◇◇
六月十四日に開かれた、ティニアの誕生会が終わった。
誕生会の次の日である、六月十五日。
第二次世界大戦後の永世中立国であるスイス、シュタイン・アム・ライン。ぱらぱらと降っていた雨も上がり、穏やかな朝を迎えている。
髪は短めの赤髪で長身の男、アルベルトはティニアと同居中だ。付き合いもしていない二人の同棲を、周囲は静かに見守っていた。
昨晩は疲れたせいだろうか、普段はあまりよく眠れない夜も、快眠出来た。スッキリしすぎて、ぼんやりとした寝惚けが込み上げてくる。
木曜日ではあるものの、今日はティニアに会わせて休暇を取っている。ティニアは嫌がるかもしれないが、退院したばかりの彼女を一人にしておけなかった。
水を飲むために、部屋を出ようとしたところで、台所からの物音に気付いた。
「ん、おはよう」
こちらを見ずにエプロンをつけているティニアが、台所に立っていた。短い金髪を揺らしながら、慣れた手つきでエプロンのリボンを腰で縛る。もう一歩早ければ、彼女の代わりにリボンを結ぶことが出来たかもしれない。
「おはよう。いつも早いな」
「そうかなあ。昨晩は、よく眠れたみたいだね」
「ああ」
夜に眠るということが難しいと、ティニアに話したことはない。同居をする前から、ティニアはアルベルトの不眠症を見抜いていた。孤児院で職員をしているため、観察眼に優れているのだろう。
「君、今日は休みだったよね?」
「ああ、休みだ」
ティニアは台所に立つと、朝ごはんを作り始めた。
コトコトと温め始めたスープ鍋に入っているのは、夕飯に飲んだスープの残りだろう。ティニアはジンジャーを好んでいるのか、スープといえば必ずと言っていいほど、ジンジャーが入っている。
いい音を鳴らしてフライパンで調理されているのは、薄切りにされたベーコンだ。そこへ卵を割り入れると、美味しい音は軽やかに弾んだ。
「料理中だよ」
すぐ隣に控えていたアルベルトに対し、ティニアは困ったように声を上げた。そんなティニアを、アルベルトは後ろから抱きしめる。彼女の肩に顎を乗せると、ティニアは照れたように顔を逸らした。
「知ってる」
「邪魔しているの?」
「邪魔しているんだよ」
ティニアは特大の溜息をついたが、それ以上何も言わない。
以前のように素っ気なく振り払おうとはしなくなった。反論してくるのは、言葉だけだ。その姿を見ると、抱きしめずにはいられない。
ティニアのペースを崩すことは、アルベルトにとって細やかな喜びになっている。
◇◇◇
他愛のない会話を挟みながら朝食を終える。ティニアは空になった皿を重ねていたが、手を止めた。
「どうした?」
「卵とベーコンを使い切っているから、買いに行かないとだなあって」
ティニアの手には、目玉焼きとベーコンの乗っていた空の皿がある。
アルベルトも思いついたかのように、持っていた皿をテーブルに置き直した。
「今日買いに行こう」
「え……、二人で?」
ティニアは眉間にしわを寄せると、如何にも迷惑そうにアルベルトを見上げた。照れたように、『デート?』と喜ぶ姿を期待したが、ティニアらしい反応も可愛らしい。
何故、こんなにも彼女に惹かれていくのか。
アルベルトは、ティニアを初めて見かけた日のことを思い返した――。




