↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode20「仲直りの協奏曲」
PR
129/250

⑳-6 青き瞳の少女

 診療所ではレオン医師が直ぐに対応し、ティニアは奥のベッドに運ばれた。看護師であるアニーが下がる頃には、ティニアは寝息を立てて眠っていた。

 原因は不明のままであったが、アルベルトは胸をなでおろした。ベッドの横にある椅子へ腰かけると、長く溜息を吐いた。


 横たわり眠るティニアの胸が上下するだけで、冷静さが蘇るようだ。


「まったく、気楽なもんだ……」


 アルベルトがそう呟くと、傍らでカルテを記入していた医師レオンが顔を上げた。


「君の方こそ、大丈夫ですか」

「すまん。あー、こいつにはその、言わないでもらえるか」


 アルベルトは血相変えて診療所へ飛び込み、また過呼吸になりかけるという失態をしてしまった。さすがにそれがティニアにバレては格好がつかないと考えたのだ。

 指を指しながら照れた表情を浮かべると、アルベルトは恥ずかしいのか頭を掻き出した。


「今までは記憶が混濁しても、意識を失うことはなかった……。こいつに一体何が起きているんだ」

「力不足で申し訳ない」

「いや、レオンを責める気はないんだ」

「入院するかは別として、注意深く様子を見る必要があるでしょうね」


 レオンはそういうと、カルテに向かい直した。

 ティニアは健康そのものであり、どこにも不安な箇所は見当たらない。


 アルベルトも心配しているが、彼女自身も不安なことだろう。

 レオンは歯がゆさを感じ、顔を歪めた。


「心配ばっかかけさせやがって……」


 アルベルトは祈るように項垂れた。


「それだけ、彼女のことを愛している証拠ですよ」

「……お前、よくそんな恥ずかしいことを平気で言えるな」


 顔を赤らめたままのアルベルトはその言葉を否定せず、眼の前の医師を呪った。


「まったく……。聞こえていたらどうする」

「聞こえていたらって。……まさか、まだ告白されていないのですか?」

「こ……」


 慌てて椅子から立ち上がったアルベルトは、素っ頓狂な声を上げる。


「しまった、忘れてた……!」

「え、告白をですか? いくらなんでも、ここで告白するのは辞めてください。それから、ここは一応診療所です。声を抑えて下さい」

「わ、悪い。……修道院の前に椅子を置いてきてしまったんだ。取りに行ってくる」

「い、椅子? 修道院というと、アドニスさんの教会ではなく?」


 ただ、修道院の名をレオンへ伝えようとしただけだった。頭では違和感を覚えたが、すぐに消え去った。


「……聖ゲオルク修道院の前で倒れたんだ。で、持ってた椅子をそのまま、修道院前に置いてきてしまった。すぐに取りに行ってくる!」

「あ、アル!」

「後は頼んだ……!」


 アルベルトはそのまま病室を後にした。静寂が戻った室内では、ティニアの寝息だけが聞こえる。レオンはティニアの脈拍を測り、安堵の表情を浮かべる。

 聖ゲオルク修道院は、ここから少し離れた場所にある。アルベルトは、そんな場所からティニアを抱えてきたのだろうか。


 アルベルトの話に可笑しな箇所はない。レオンは心に何か引っかかりを感じつつ、ティニアへ歩み寄った。横たわるティニアは、果たして本当に眠っているだけなのか。


「……彼女の身に、一体何が起こっているのか……。僕の腕では何の力にもなれないのか……」


 ティニアに起きている異変を、一から洗い直す必要があるだろう。

 そして、彼女が口にする数々のキーワード。

 ティニア本人は知らないというだけであったが、目が泳ぐ場面もあった。


 何か話せない事情もあるのかもしれない。


「ティニアさん、君のどこが悪いのか。それとも、どこも悪くないのか。僕にはわかりません。それでも……どうか、アルと共に歩んでいって欲しいのです」


 勿論、彼女からの返答はない。


「なんて。お願いする事ではありませんよね。……それでも、君はアルの傍にいるべきだ。僕はそう思います」


 レオンは静かに眠る女性を見つめると、病室を後にした。

 診察室の窓は雨粒により、こつこつと音を奏でた。薄暗さが一気に増し、空は雷を轟かせる。最近のシュタイン・アム・ラインの町の天候は不安定だ。


「また雨ですか……。アルは今頃、雨に打たれているだろうな。タオルでも、用意しておきましょうか。風邪を引いたら大変ですからね」


 窓の外を眺める医師は、かつて入院していた女性を思い浮かべた。


「ティナさん……。マリアさんと同居されたのでしたね。同じ町に居るんだ、一生会えないわけじゃないのに。どうして……」


 レオンはゆっくりとカーテンを引いた。そこには、アルビノの幼い少女が眠っている。ティニアが保護した少女は十歳前後であり、その怪我は打撲痕がほとんどだった。激しい虐待にあっていたのであろう。


 出血は、刃物による切り傷のようだった。ティニアの止血は完璧で、診療所で見た時には、すでに出血は止まっていた。

 点滴の管が繋がれたやせ細った少女は、今も眠ったままである。


「君も、ゆっくりと。……無理せずに目覚めてください」


 レオンが扉をゆっくりと締めると、静寂が病室を支配する。


 雨音が鳴り響き、シュタインアムラインには雷が激しく轟いた。風は窓枠を揺らし、ガラスには雨が叩きつけられる。

 病室で眠っていた少女の瞼が痙攣し、更にゆっくりと、静かに瞼が開く。


 深淵のように煌めく、青い瞳。

 少女の瞳にぼんやりと映ったのは、見知らぬ天井だった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。