⑳-3 一脚の椅子
診療所での勤務を終え、孤児院へ向かう途中のティニアは、大騒ぎした一団に遭遇する。町で木材の家具を作っている、シュタイン一家だ。
アルベルトの姿もあるが、此方には気付いていないようだ。表情は重く、一行の中では浮いている。
ティニアは呼吸を止めると、一行が過ぎ去るのを道の端で待った。
「ティニアじゃネェか」
「うわ。なんか出た」
「お前ナァ、モウちょっと言い方ってモンがあるダろォ」
シュタイン一家の親分、アデライド・ティエリー。
女性名だが男の彼は、シュタイン親分と呼ばれている。
戸籍上のティニアの父親に当たるが、血縁関係はない。最も、シュタイン親分は多くの孤児たちの父親でもある。
「そうなんだ。僕は口が悪いからね。次から気を付けるよ。気が向いたらね」
「なんダよォ。それよか、お前」
親分はでかい声を細めると、ティニアに耳打ちを始めた。その様子に周囲の弟子たちが騒ぎ始め、その声が聞こえることはない。
アルベルトは一瞬反応を見せたが、すぐに視線を外した。
「お前、最近変だぞ。どうした。何かあったのか?」
「僕は壊れているからね」
「何言ってんだ。いいから、早く仲直りをしてこい。やりにくくてたまらん」
「身に覚えがないね」
最後だけ大きな声を放つと、アルベルトだけが反応したようだった。
「とにかく。孤児院閉鎖に伴い、家具をキャンセルしたのは悪いと思っているよ。もう作って納品してくれたのもあったんでしょ」
ティニアはシュタイン親分の後ろに控えているアルベルトには目もくれず、淡々と語った。そんなティニアに、シュタイン親分は振り返りながら、大声で反応した。
「アァ。アルベルトは腕が良くてナァ、勿体ないから追加で寄付してやったゼェ」
「ええ! また? 噓でしょ。もしかして、今納品してきたの?」
「おうともよ! ナァ、アルベルトぉ」
「…………」
シュタイン親分は後ろの荷車から一脚の椅子を引っ張り出し、それをティニアに持たせた。ティニアはその重量に体勢を崩しつつ、なんとか持ちこたえた。
「わっ……とっと」
それは子供用の小さな木彫りの椅子であり、歪曲が美しい椅子だ。重量もそれなりにあり、安定感がある。
「見ろよコレ。一本の木材から切り出した椅子だ。木材が小さかったせいで、子供用になっちまったがな。こいつは筋がいい」
「うんと、家具の専門家じゃないから、僕にはわからないよ」
「正直に見栄えが悪いっていえば良いだろ」
アルベルトは当たり散らすように発言すると、ティニアを睨みつける。ティニアもまたアルベルトを見つめ返し、ようやく二人の視線が合わさる。
「…………」
「………………」
ティニアは椅子を丁寧に降ろすと、アルベルトではなくシュタイン親分へ向かった。
「でも、もう孤児院は閉鎖する。だから、椅子を買っても……」
「もう出来上がっているこの椅子が勿体ないだロォ? なァ、使ってくれヨォ。まァ、子供用だがな」
「……タダじゃないならいいよ。ちゃんと対価を支払うから」
「いらねえよ」
アルベルトのぶっきらぼうな言い方に、睨みつけるような視線と合わせることなく、ティニアはカバンから小切手を取り出すと、サラサラとペンを走らせる。
「お前、俺の声が聞こえていないのか?」
「聞こえていないかもね」
「お前なぁ……、いい加減に……!」
「ハイハィ! そこまで。お前らあんまり喧嘩してット、俺が間に本気で入り込むゾぉ! アルベルトはこの椅子をモッカイ孤児院に届けて、今日は上がりナァ!」
「え、ちょっと。親分、待ってください」
シュタイン親分はそれだけ言い残し、多くの弟子たちと荷車から農具を担ぐと、「山を目指すぞ」と言い残して去っていった。残されたのはぎこちない二人と、一脚の椅子だ。
「…………」
「………………」
残された無言の二人だったが、大げさなため息をついたティニアが口を開く。
「これ、僕が個人的に買うから」
「別に買わなくていい」
「じゃあ、うちまで持って帰ってきて。ちゃんと使うからさ。急がなくていいから。……それじゃあね」
寂しそうに笑みを浮かべると、ティニアは小切手を手渡してきた。それでもティニアは視線を合わせることはなく、アルベルトは手渡された小切手をしぶしぶ受け取った。
「…………」
アルベルトはその言葉に不満だと言わんばかりの表情を浮かべるが、ティニアは気にも留めていないようだ。小切手を渡せたことに満足すると、孤児院を目指して歩みだした。
アルベルトは残された椅子を見つめる。
「ッ…………。なんだよ、ったく。本当にアイツは。もっと素直になればいいだろ」
ティニアが角を曲がった時、椅子を持ち上げると、ティニアの後を追った。追いかけずにはいられなかった。




