⑳-2 それは白く、そして
一方、ティニアは診療所で、少女の容態を診る医師に詰め寄っていた。
少女の怪我は出血ほど深刻ではなく、衰弱の方が酷く、点滴が腕に繋がれたままだ。輸血を行うかどうかについては、昨日の段階で行わない、という判断が下されていた。
「本当に、輸血しなくていいの?」
ティニアは不安そうに少女を見つめ、その開かぬ瞳をじっと見つめた。少女は白い肌と長い白髪を持ち、その姿は病室の中でもひどく目を引いた。
「はい。体へのリスクも大きいですからね。この子の体調も考慮しました」
医師であるレオンは険しい表情を浮かべたまま、慎重に言葉を選んだ。
「出血はもう止まっていますが、この子の体力は非常に危ない状態でした。ですが今は体力も回復に向かっています。後は、この子の生命力を信じましょう」
「そう、……ありがとう。僕にもっと医学の知識があれば良かったのに」
「それだけ薬学の知識があれば、十分です。貴女の助けで、多くの患者が救われているでしょう」
ティニアは診療所で調合の仕事をしている。その仕事は手作業で行われ、天秤や計量器を使って薬の分量を正確に測る必要があった。特に粉末の多い薬剤が多く、乳鉢で薬をすり潰し、他の粉末と混ぜる精密さを有する作業だ。
「いや、僕は無力だよ。何の力もない」
ティニアは寂しそうに、言い切る。
レオンは目を閉じた。
昨日のティニアは、まるで無力な少女のように狼狽えていた。
彼女は記憶を混濁させ、レオン自らが名付けた病――心因性昏迷状態に陥っていた。
今は落ち着きを取り戻したようにも見えるが、その後に何かがあったようだ。
目を充血させ、まるで徹夜しているかのような彼女の足取りは、今もおぼつかない。
退院の許可を出したのは、レオンだ。
今の彼女を見る限り、それが過ちであったように感じられる。
だが、あのままティニアが入院をし続けていたとしたら、この少女が助かることはなかっただろう。
「……ティニアさん、この子をどうするつもりですか」
「この子の素性を聞かず、どうするのかを聞くんだね」
ティニアは意地悪そうに笑うと、レオンへ身を乗り出した。女性を苦手とする医師は怯み、何歩も後方へと下がる。
「孤児院に入れるとするなら、素性はわからずとも可能でしょう。その後はどうするつもりなのですか」
「孤児院へは入れない」
「入れない? では、どうするのですか」
ティニアは病室にある一枚の窓を見つめる。その部屋はかつて、ティナが療養していたベッドのある簡易的に作られた部屋だ。
今にも雨が降りそうな天空を見つめ、ティニアは医師の予想に反した回答を繰り出した。
「僕が引き取るよ」
「引き取るって、この子をですか?」
「この子の話をしているんだよね、せんせい」
「それはそうですか……」
レオンは眼鏡を正した時、額から汗が零れるのを感じた。理由は不明だが、激しく動揺している。
「先生が引き取ってくれるなら、僕はそれで構わないよ」
「……私は無理ですよ。子育てはおろか、男手一つでこの子を育てるなど」
「このご時世だし、男手一つで育った子なんて珍しくないと思うけど……」
ティニアはベッドに座ると、少女の頬を優しく撫でる。意識の戻らぬ少女は、今も眠ったままだ。
「私に、誰かを幸せにするなど、出来やしません」
「そう。なら、仕方ないね。覚悟がないんだったら無理だ」
――覚悟。
その言葉に、刹那的な震えを感じ、レオンの額からは汗が滴る。
「じゃ、僕は孤児院に行くね。今日は休みなんだけどさ。この子の事、よろしく」
その言葉だけを残し、ティニアは診療所を後にした。少女の容態に安心したのか、いつものティニアらしい対応にも見える。
「この子の名前、仮で決めるの相談を忘れていました……」
医師の力ない呟きは、横たわる少女にすら聞こえていないであろう。




