⑳-1 いつもの仕事で
翌日、マリアは普段通り花屋ぺラルゴへ出勤した。女店主ミランダは何も語らなかった。まるで、アルベルトなど泊りに来なかったかのように。
旧市街地の中央に位置するぺラルゴには、女性三人が働いている。
女店主ミランダが一人で始めた店は、いつしかマリアが働きだし、やがてメアリーを迎えた。形を変えつつも、慣れてきた日常は、再び形を変えようとしている。
「ふう……」
マリアは分かりやすいため息をついた。
「何よ、マリアがため息つくことないじゃない」
「だって、ミランダさん何も言ってくれないんだもの」
マリアはそう言うと、むくれて見せた。
「アルベルトは、私たちに何も話さなかったわ。理由を聞かずに、しばらく泊めて欲しいって」
「そう、なんだ……」
「……旦那も私もなんとなく察してるわ。アルベルトはティニアと喧嘩したんでしょ」
「うーん。何かできることはないかな」
「アルベルトはティニアとは時間を置くべきね。マリアこそ、私に何も話さないじゃない。何かあったの? なんだか辛そうよ」
ミランダの口調は普段通りだ。マリアの話さなければならない、ティニアの話は何も昨日の出来事だけではない。二人の喧嘩の衝撃で、ティナとは何も話をしていなかった。
「もっと自分で考えて、自分の行動をしなきゃダメね。怖がってばかりで、何も出来ていない」
「マリア……」
「仕事に身が入らない状態で、働いてるのも、駄目ね。もっと頑張るから」
意気込むマリアに、ミランダは苦笑いを浮かべるだけで精一杯であった。
マリアは花を煮沸消毒の為、茎の切り口を熱湯へ浸し、素早く水で冷やした。絡み合った根を解す手つきも様になってきているが、まだまだミランダの腕には及ばない。
それが終われば、ガーベラの花束作りが待っている。三束、三色で彩るつもりだ。
「ガーベラはいつも笑顔ね。ティニアみたい」
「……笑顔じゃない花は無いと思うわよ。俯いた花も、皆笑顔だもの。マリアみたいにね」
「ありがと。俯いた花はその姿が艶やかで美しいけれど。私、上を向いている花の方が好きかなぁ」
「そういえば、リコリスって太陽に向かって花開いてるわね。ガーベラや向日葵と同じ」
リコリス。
ティニアの好きな花の一つだ。
あのアルビノの少年にはよく似合う、赤い花。胸がキュッと収縮し、心臓が高鳴ってくる。
少年の事を考えると、すぐにあの眼を貫いてしまった時の事を思い出すのだ。
(ティナと話さなきゃ)
「ミランダさん、私もこっちで話せる内容を、確認を取るわ。その頃には、アルベルトも落ち着いてるでしょうから」
「ええ。お願いね……」
ミランダはすぐ後ろのメアリーに目配せする。メアリーは夢中で花を品定めしており、その可愛らしい鼻歌が花屋ぺラルゴを彩る。
メアリーは足が不自由で、今も椅子に座ったままだ。メアリーの足の具合は想像以上に悪く、やはり露店では厳しかったのだろう。ペラルゴ店内で動く作業、水替え等の作業のほとんどはマリアが担っていた。
(誰かが急に居なくなるのは、こんなにも簡単なんだ……)
自分が居なくなったら――。
ミランダとメアリーは、どう思うのだろうか。
この日常は約束された平和ではなく、流れていく運命の一場面に過ぎないのだろうか。




