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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode19「モノクロがもたらすモノ」
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⑲-4 すれ違いのカンパネラ

 ティニアは手に持っていたアルベルトの上着を男へ叩きつけると、ティナを睨みつけた。

 ティナは慌てて視線を逸らし、周囲へ眼を泳がせる。


「いってえな、なんだよ! おい!」


 上着を被せられたアルベルトは、感情に任せて強い口調でティニアに迫ると、その上着を石畳へ叩きつけた。


 アルベルトはずっとティニアを心配し、ティニアを気遣ってきた。例え名が違おうとも、その名を呼び、想ってきたのだ。それが、突然上着を叩きつけられ、抑えていた感情が露わになる。


「……せっかく返したのに、叩きつけなくてもいいじゃん」


 ティニアもそっけない態度を変えず、アルベルトをじっと睨みつける。


「お前が叩きつけたんだろ!」

「声はかけたよ! 美人に見とれてて、気付かなかった君が悪いんでしょ」

「あんたたち、なにやってんのよ!」


 マリアが紙袋を抱えて駆けてくる。衝撃で袋から林檎が零れ落ち、マリアを追い越した。


 アルベルトはその林檎に素早く追いつくと、軽く拾い上げて握りしめた。林檎が裂ける事はなかったが、ミシミシと音を立てた。


「……林檎、ありがと。何があったの?」

「借りた上着を返しただけだよ」


 マリアはアルベルトに問いかけたが、ティニアが返答を返す。


「その割に雑だろ」

「さてね。油断してただけじゃない」

「そんなことしてねえよ。俺が心配してるのはお前だって言うのに、どうしてこんなことをするんだ!」


 アルベルトは声を荒げると、その上着を再び石畳に叩きつけた。


「俺はお前しか見てないって、何度も言ってるだろ!」

「な、なんだよもう! 私のこと四六時中見てなくてもいいでしょ!」

「そんな事言ってねえよ。俺はお前の心配しかしてないだろ!」

「はあ⁉ そんなこと頼んだ覚えないけど……!」

「やめなさいよ! 二人とも! ティニアも、落ち着いて」


 アルベルトは上着を拾うことなく、シェアハウスとは反対方向へ歩き出した。慌ててマリアが駆け寄るが、アルベルトは今までにない形相でマリアを睨みつけた。ティニアへは視線を合わせようともせず、ティニアもまたそっぽを向いた。


「しばらく、ディートリヒの、ミュラー家に泊まる」

「ちょ、ちょっと! アルベルト、待って!」

「僕は止めないよ」

「あーそうかよ!」


 アルベルトを慌ててマリアが追いかけるものの、ティニアはそれを止めることなく上着も拾わずに帰路へ着く。マリアは立ち止まると、落ちた上着を拾いあげ、ティニアの後を追うしかなかった。


「ちょっと! ティニア、待ちなさいよ!」

「マリア。夕飯食べるんでしょ。ティナさんも」

「待って。待ってよ、どうしたのよ二人して……」

「知らないよ」


 マリアはティナへ助け船の視線を運ぶものの、ティナは首を横に振った。


「……今は、お互いに時間が必要かと」

「そんな……。待ってよ、ティニア!」


 ティニアはマリアの手を乱暴に振りほどくと、マリアは紙袋を更にぶちまけてしまった。食材が石畳に零れ落ちる。


「ッ! ……ごめん‼」

「ううん、大丈夫よ……。どうしたのよ、ティニア……」


 慌てて食材を拾うティニアの手に、ティナが手を重ねる。二人の眼が合わさり、互いに青く美しい眼が見つめあう。


「あの、ティニアさん。落ち着いて、ね? それから、ごめんなさい……」

「…………」

「夕食を食べて、ゆっくり考えましょう。時間も時間です。お腹が空いていたら、苛立ってしまうものですから」

「ごめん。ティナ。……マリアも」

「ティニアも、あの言い方はないと思う。アルベルトはティニアの事を心配していただけなのよ。今日、何があったの? そのことで、イライラしているの?」


 マリアの問いに、ティニアはポツリとつぶやいたが、二人にその言葉が聞こえることはなかった。


 ◇◇◇


 その後のティニアはいたって普通であり、可笑しくなるような素振りも、苛立ち感情を露わにすることもなかった。


 アルベルトの話を振ったところで、ティニアは何の反応も示さない。気まずいだけの時間を過ごし、マリアとティナは家路についたが、アルベルトは帰って来なかった。


「アルベルトさん、帰ってこられませんでしたね。……喧嘩はよくあるのですか?」

「じゃれあいみたいなのは、いつもだけど。今日は二人とも変だったわ」


 アルベルトはずっとティニアを気にかけていた。心配し、マリアへ打ち明けたこと。そしてミュラー家へ相談しにいったこと。全てはティニアのためだったはずだ。

 それが、こんな結果になろうとは――。


 ティナは立ち止まると、天を見上げた。視界には星で埋め尽くされた夜空が広がっている。


「…………」

「ねえ、レイス」

「どうしたのですか。急にそんな呼び方をして」

「人を愛するって、そんなに辛いの……?」


 マリアは力なく俯いている。


「私、人を好きになるのが、好きになっていくのが怖いの」

「…………」

「関係ない事なのに、アルベルトにティニア、二人を見ていて凄く、どうしようもなく、怖い」

「ラーレ…………」


 マリアは天の月へ、手を組むとそのまま祈りを捧げた――。

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