⑱-5 追憶のセレナーデ
シュタイン・アム・ラインの診療所に勤務するレオンは、旧市街地を駆け抜けていく。レオンの前には、同じように駆けていく神父アドニスの姿があった。
アドニスが血相を変えて診療所へ駈け込んできたのだ。
年齢を感じさせない走りのアドニスを、レオンは必死で追いかけた。
表の教会ではなく、裏の住居の玄関に到着したところで、アドニスは振り返った。
「た、他言無用でお願いします! 兎に角、わ、私の自室へ」
「落ち着いてください。わかっています」
アドニスは珍しく焦りの表情で入っていく。
部屋の床には、血痕が数滴ずつ滴り落ちている。
「まさか…………」
最悪の事態を想定しつつ、レオンは焦る心を抑えた。アドニスが奥の自室のドアを開ける。
そこには、血だらけのタオルを抱きしめているティニアがいた。
ティニアは、震えながらレオンを見上げた。
「助けて。何も言わず、この子を助けて……。お願い…………します。今の私じゃ、もう、何もできないのです。止血しか……」
ティニアが震える手でタオルをめくった。
タオルの下からは、真っ青な顔をした少女がぐったりとしている。
「……大丈夫、まだ間に合います。抱きしめているだけでは危険です。診療所へ運びましょう」
ティニアの頬を涙が伝い、傷だらけの少女を更に抱きしめた。
少女は白肌に、長い白髪であり、アルビノの特徴を持っている。
「おねがいします。私じゃ、だめなの……」
ティニアの震える声には絶望と後悔が滲んでいる。
「他言はしません。どうか安心して、僕に任せてください。……アドニスさんは早く清潔なタオルを!」
アドニスは狼狽したまま、呆然と立ち尽くしている。
「アドニス神父! しっかりしてください」
「あ……。あ、はい! 申し訳ありません。すぐに!」
アドニスは部屋にあるタオルを集め始めた。
レオンは視線を合わせるように身をかがめると、ティニアの両肩に手を添えた。
「ティニア、いいですか。この子を、僕に託してください」
「あ……」
ティニアは少女を抱き寄せた。
「誰にも、言わないで……」
「わかっています。大丈夫ですよ。信じていただけませんか。私も、この子を救いたい」
「お願いします……!」
少女は十歳前後に見えた。レオンは少女をタオルごと抱き寄せた。
レオンの腕の中で、少女は浅い呼吸を繰り返すだけだった。
「ティニアさんもそのまま診療所へ来てください。服が血だらけですので、何か羽織ってきてください」
「……わかりました」
レオンは血だらけのタオルをめくった。
少女はあちこちから出血しているようだが、どこも適切に止血処理が施されているようだ。
他に、内出血したような痣が何か所も見える。
虐待にあったかのような状態だ。
「うん、応急手当は出来ているようですね。さすがティニアさんです。では行きますよ」
レオンは少女を、アドニスが持っていたタオルで包み、自身の上着で覆った。布越しに、少女の鼓動が感じられたことに安堵する。
アドニスが玄関のドアを抑え、レオンが外へ出ると、頬を雨が伝った。
ぱらぱらと屋根に当たりだした雨音は、酷く単調である。




