↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode18「壊れ始めた糸車」
PR
118/251

⑱-4 足りないもの

「そう、ティニアの本名は――レンだ」


 ミランダの言葉を、マリアは静かに聞いていた。


 それが、事実だ。


 アルビノの少年レンは、ティニア。

 ティニアが――レンだった。


 そして、戦時中から戦後にかけ、ティニアは苦痛を浮かべ感情を噛み殺していた。知り合ったばかりのマリアでさえ、わかっていたことだ。


 マリアはアルベルトの言葉を思い返していた。

 ティニアは自分を必要とし、傾けば共倒れしてしまうと感じていたのだろうか。


 懐かしい思い出を語った後の、彼女の微笑み。

 その笑みが忘れられない。


 だからこそ、彼女が感情を噛み殺す姿を、何度も見てきたのだ。


 何かの報告を受けると、決まって数日姿を見せなくなった。

 それでも、彼女は戻ってくると無邪気に微笑むのだ。


 そして、人々の足元にまだ道があり、歩けることを教えてくれる。あくまでも、動くのは自分たちであるというのだ。

 物理法則は思いを超える。

 それは、彼女の口癖だ。


(そんなティニアを、私は疑いたくなんてない。彼女は……。敵じゃない)


 それが例え、意固地な我儘だとしても――。

 誰よりも辛いのが彼女であることは知っている。それでも、何もできないのだ。


 ミランダたちにとっても、アドニス神父にとっても。

 優先されるのは、ティニアだ。


 それでも、誰一人として彼女に踏み込むことなど出来ない。

 そして、人々に無力さを痛感させる。


 謎しかない彼女が敵であったとしたら、彼女と戦うことが出来るのだろうか――。


 マリアが鳥肌を感じた瞬間、ミランダが口を開いた。


「どうして、ティニアが偽名を使っているのか。そう思うだろう?」


 顔を上げたのは、アルベルトだ。

 途端にマリアの体が震えだし、奥歯を強く噛み締めた。


「待って」

「マリア?」

「…………。ごめん。私、少しだけ時間が欲しい」

「マリア!」


 アルベルトはマリアの腕を掴むと、必死に名を呼び訴えたが、マリアは視線を逸らすことなく言った。


「今の私じゃ、決められないのよ」

「……マリア…………」

「ミランダさん。私はミランダさんを信じてる。だから、だからこそ……少し時間が欲しいの」


 ミランダは目を潤ませ、表情を崩した。


「……ちゃんと話せるように、私も情報を集めたい。憶測で話をしたくないの」


 マリアは胸に手を当てた。そこには、機械で作られた心臓がある。

 

 本当は、ここで叫びたかった。

 自分はケルンメンシュという実験体で、人間ではない。私を否定しないで、と――。


 叫び声は心の中でだけ響き、言葉になる事はなかった。

 胸を抑える指先だけが、小さく震えた。


 俯いたまま、唇を強く噛む。


 ミランダは一瞬目を閉じると、いつもの視線を送った。


「とにかく。今話したことは他言しないで。メアリーにもよ、マリア」

「わかった」

「アドニスは全部知っているのか?」


 アルベルトの問いかけに、ミランダは頷いた。


「そうだな。彼は計画的にドイツから来た。どちらかというと、アドニスは私たちより分が悪かったけれど、スイスへ先回りしてくれたのよ」

「どうして、スイスへ渡ったんだ」


 アルベルトの問いに、二人は押し黙った。そして、ディートリヒが言葉を放つ。


「祖国というべきか。……ドイツを見限り、亡命した。そういうことだ」

「ドイツに居た君ならわかるだろう、アルベルト」


 畳みかけたミランダの言葉が、アルベルトを貫くようだった。


「ああ」


 重苦しい空気が流れる。時計の針は午後五時を指している。


「ティニアも心配するから、ひとまずお開きだな」

「そうだな。ミランダさん、ありがとう。話してくれて」

「無理に信じろとは言わない」

「…………」


 アルベルトは疲れたように目を虚ろにすると、席を立った。


「あんた、大丈夫なの?」

「ああ。お前こそ、大丈夫か。うちで夕飯、食べていくだろ。この後で、ティニアに会って大丈夫なのか?」

「うん。まあ。約束してたし……」

「それじゃあ帰ろう」


 ディートリヒは歯がゆい気持ちを隠さずに顔へ出したまま、席を立った二人に向かった。


「気をつけてな。ティニアは察しがいいから、気をつけろよ。あいつも、俺たちにすべてを話したわけじゃないんだ。よろしく頼むよ。何も解決してなくて悪いな」

「いや。俺も色々と考えを整理したい」

「二人とも、滅多な事を考えるなよ!」


 帰り際、ミランダの声が響いた。二人は振り返ると、手を振って応答したが、言葉になることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。