⑱-3 彼女のこと
ミランダは座り直すと、まっすぐにアルベルトを見つめた。
「アルブレヒト熊公。ブランデンブルク初代辺境伯、本人よ。私は、そう聞いている」
「本人って。十二世紀の人だろう。じゃ、何か? ティニアは、千年に近い時を生きていると?」
アルベルトの言葉に、ミランダだけでなく、夫のディートリヒも遅れて頷いた。
「話していいのか」
ディートリヒの言葉に、ミランダは強く頷いた。その言葉には、様々な思いが込められているのだと。その頷きに、ディートリヒも強く頷いた。
「その前に、アルベルトに二つ聞くわ」
ミランダは真っ直ぐアルベルトを見据えている。
「……なんですか」
「一つは、嫉妬で目を曇らせない事。真実が何も見えなくなる」
「……わかった。二つ目は?」
「スイス軍に報告しないこと」
マリアはアルベルトから聞いたばかりの、大戦時にドイツの特務部隊員だったという言葉を思い返した。
ミランダ、そして表情を変えないディートリヒの二人は、アルベルトの正体を知っているようだった。ティニアが調べ、話したのだろうか。
その時、マリアには一つの考えが浮かんだ。アルベルトも、自分の口からティニアへ打ち明けたかったのかもしれない、と。
「もう関係は切れている。何も話すことはないし、関わりもない」
「信じるぞ」
ミランダが強く言い放つと、アルベルトは力強く頷いた。
「俺の命より最優先は、ティニアだ。それが揺らぐことはない」
「ほおー。言うねえ」
「あなたは黙っていて」
「あ、はい」
ミランダはマリアを睨みつけるように、初めて見るその表情に、マリアは神経がよだつのを感じた。
「マリア」
「はい」
「ここから先、戻れなくなるのは貴女も同じ。それでも、構わないか? 私たちを、信じてくれる?」
マリアは無言のまま、目を閉じた。
アルベルトはティニアが話す前から知っているということを受け入れているようだった。
マリアはアルベルトとは違う。
自分の口から打ち明ける――。
ティニアが退院したら、話そうと思っていたことだ。
その時の決意が揺らいだわけではない。
状況が変わってしまった。
今のマリアは、一人ではない。
ティナが、そしてラウルがいる。
マリアは、何をすべきなのかを考えた。
ティニアの為に、何が出来るのかを。
ティニア本人の口から聞きたいというのが、単なる我儘であることに気付く。
今のティニアの状態から、それは難しい。
それでも、今苦しんでいるのはティニアだ。
――今のマリアに出来ること。
ティニア、そしてアルビノの少年の言葉を思い出し、マリアは目を開けた。
ミランダは、マリアの返答を待つように鎮座しているかのようだった。
その姿に、マリアは覚悟を決める。
「信じる。あなたたちが、”私”を信じてくれるように」
マリアが恐る恐るミランダを見つめると、ミランダは静かに目を開けた。いつもの微笑みを浮かべている。
「ありがとう、マリア。少しは信頼されてた?」
「信頼以上だわ! 私はミランダさんが大好きよ!」
マリアの明るい笑みに、ミランダは微笑んだ。いつもの微笑みであり、マリアの大好きな微笑みだ。
ミランダの発言に、ディートリヒは腰から手を引くと座り直し、いつものような気の抜けた表情から一変し、真面目な表情となった。
「アルベルト」
ミランダの発言に、アルベルトは息を飲んだ。
「ティニアは、彼女の本名じゃない」
マリアは視線を一瞬逸らし、息を飲んだ。アルベルトはミランダを睨みつけるように眼を細くした。
もう、真実から逃げることは出来ない。
「彼女の名は、レン」
「レン……」
アルベルトはその名を口にした。名を、噛み締めるように――。




