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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode17「真相には紫雲英を添えて」
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⑰-7 好きな花

 アルベルトは珈琲を注ぎ終えるまで、無言のままだった。マリアはその作業を見つめ、注がれた珈琲を見つめた。


「あんたの入れる珈琲は、凄く綺麗ね」

「綺麗って見た目だろう。味じゃないのか」

「まだ飲んでいないもの」

「それはそうだが」


 マリアは薫りを感じると、更にその湯気を感じ取った。


「飲まなくても、わかるわ。すごく、綺麗な味だと思う」

「なんだよ、それ」

「丁寧だったから。淹れる相手を考えて、ゆっくりとした手付きだった」


 マリアは一口含み、飲み込むとため息をついた。


「うん、美味しい」

「そうか、良かった」

「優しい味ね」


 アルベルトは珈琲を覚ますことも忘れて、一口含んだ。それが優しい味だとは思えなかった。

 そのアルベルトの様子に、マリアは軽く微笑んだ。


「自分じゃわかんないものよ。私も、珈琲を入れるのが上手いって言われてもピンとこないわ」

「……誤魔化さないで、聞いてくれ」


 アルベルトはカップをテーブルへ置くと、マリアを見つめた。マリアはカップから零れる湯気で顔を隠しつつ、無言で返答を待った。


「あいつ、可笑しいんだよ」

「おかしいって、何が?」

「笑わなくなった」

「笑わせればいいじゃない」


 マリアの返答に、アルベルトは見透かすように、泣いているときは見ようともしなかった視線をマリアへ送った。マリアは観念して珈琲を一口飲むと、カップを置いた。


「言動もおかしいんだ。庭園がどうとか、花を摘まなくては、なんて言ったり、フリージアの花がないと言ったり」

「ああ。病院で言ってた、庭園の話ね。それは私にもわからないけれど」

「なあ、あいつはフリージアが好きなのか?」

「え?」

「最近、ずっとフリージアを気にしているんだ。そんなに好きな花なのか、フリージアは」


 そんなことはなかった筈だ。むしろ。


「……アルベルト、それ、どういうこと?」

「まるで別人の様なんだ。時々、無表情で固まって、そういう言動を繰り返すんだ」

「別人って…………」

 

 マリアはわかりやすいほど、視線を外してしまったことに気づいたが、もうどうしようもなかった。それでも、レンとしてのティニアを知っている以上、今の話は不自然だ。レンはレンのまま、ティニアをしていたはずである。


「ティニアの好きな花は……」

「フリージアか?」

「ううん。香りが強い花は、あまり得意じゃなかった気がする。でも、誕生会での花束に入れたような……」


 確か相談の結果、ミランダとメアリーがフリージアに決めたのだ。

 丁度見事なフリージアが入荷したからと。


 ティニアはそこまで香りに強くない。むしろ、淡い香りを好み、近くまで行って嗅ぐ。淡い香りが綺麗で甘いと、嬉しそうに感想を話していたのだ。

 間違えるはずがない。

 

 マリアは“可笑しい”という言葉をそのまま受け取ることしか出来ない。


「どういうことだ。あいつ白いフリージアが好きだって、はっきり言っていたぞ」

「白? 白って、香りが一番強いけれど……?」

「俺はそれが違和感でしかないんだ。あいつは、多分。小さい花が好きなんだ。その辺に生えている薬草とかの、何の変哲もない特別ではない花を」


 アルベルトは黙って頷くと、姿勢を正した。


「それに、俺を見て、時々アルブレヒト様って呼ぶんだ」

「それは、あんたの名前のドイツ語読みでしょう。お道化てるんじゃないの?」

「様付けで?」

「………………」 



 ――アルブレヒト。

 それは、ブランデンブルク初代辺境伯の名ではないか。

 彼女の部屋にある、クマのぬいぐるみの名前でもある。クマのぬいぐるみがアルブレヒトなのは、きっとブランデンブルク辺境伯のアルブレヒト熊公のことだろう。


 ティニアからアルブレヒト熊公の話を直接聞いたわけではない。マリアは熊公というあだ名も、その人物も初耳だった。

 マリアにとっては、ブランデンブルクがどこにあるのかわからないほどに、知識がない。

 それも十二世紀の人間。普通の人間は出会ったことすらないであろう。


「ミランダさんに相談してみよう」


 マリアは珈琲を飲み干すと、改めてアルベルトへ向かった。マリアの金瞳に力が入り、来た時と打って変わって、輪郭がはっきりとしている。


「悔しいけれどティニアのことは、ミランダさんたちの方が親しいの。里親と手続きをしているのなら、ティニアが帰宅するまで、まだ時間があるわ」

「これからか?」

「うん。こちらからミランダさんの家へいきましょう」


 マリアに合わせ、アルベルトも珈琲を飲み干した。

 肌寒い六月はこの日、随分と冷え切っていた――。

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