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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode17「真相には紫雲英を添えて」
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⑰-6 いつものシェアハウス

 どうやって歩いたのか、マリアは覚えていなかった。ただ、アルベルトの薄手の上着を頭から被せられ、そのままシュタイン家一行に守られながら、呆然と歩き続けた。


 歩きなれたエーニンガー通りを抜け、リギューエートリ通りを行くと、住み慣れた家が現れる。


「ホら、着いたゾオォ、ねえチャン!」

「ねえちゃんって。一応戸籍では、親分の娘でしょう」

「ガッハッハ! そうだったナァ! ほラ、娘ヨ、着いたゾー!」

「ごめん。いっぱい泣いちゃった」


 掠れた抑揚のない声を出すマリアに、いつもは大げさに絡む親分がそのまま手を上げて帰っていく。それでも、マリアは振り返ることが出来ずに、アルベルトの上着を掴んだ。


「お前は我慢のし過ぎなんだ。いつもの素直さはどうしたんだよ」

「……だって。あんたが泣かせるから」

「お、俺⁉」


 気恥ずかしそうに上着から顔を出すマリアだったが、アルベルトは視線を向けることなく、そのまま別方向を向いたままだ。

 親分一行は玄関先で再びスクワットを始めだした。

 

「ふふふ」

「泣いたり笑ったり、忙しい奴だな」

「だって。アルベルトが私を見ないようにしてるから」

「女の涙は面倒は見ないふりに限る。それに、親分が五月蠅いからな」


 玄関先で賑やかにしていたシュタイン一行の声が、賑やかに離れていった。

 アルベルトは部屋へ入ると、慣れた手つきでコーヒー豆をミルで挽き始めた。

 香ばしい香りが久々に部屋を埋め尽くす。

 数日離れただけのシェアハウスの懐かしさに、マリアはまた涙がこみ上げてくる。


「ほんと。泣かすんだもん」

「あーはいはい、悪かったな」

「ティニアはまだ孤児院?」

「ああ。今日は三人が里親さんのところに行くって」


 マリアがお湯を沸かしそうとポットに手をかけると、アルベルトがポットを先に掴んだ。


「座ってろって。俺も珈琲くらいなら淹れられる。そこそこ上手くなったんだぞ」

「なんか、落ち着かないんだもの」

「ティニアの部屋にでも行ってろよ」


 アルベルトはティニアの部屋を見つめたが、マリアはポットと取り上げると水を汲んだ。その水の輝きで、目の前がまた潤んでくる。


「勝手に入るなんて出来ないわ」

「いつも食事したら、二人で部屋に籠って楽しそうに笑ってるじゃないか」

「だって、私の部屋ないし。……アルベルトだって、ティニアの部屋に入りたいならそういえばいいじゃない」


 いつもの調子に戻った二人は、思わず笑いだした。マリアはこの間の誕生会の事を思い出しながら、ポツリとつぶやいた。


「ティニア、柔らかくなったよね」

「そうか? 俺から見れば、最初から柔らかかったが」

「ティニアの事、幸せにしてくれるんだよね」


 ミルを挽く音が止まり、直ぐにまた心地の良い音が響きだした。

 アルベルトは何も答えず、そのまま無言でミルを挽き終えた。そして、布袋に引いた豆を移しながら答えた。


「ティニアは最近、ずっと可笑しい」


 その言葉に、マリアは答えることが出来ない。


「部屋に籠って、音を立てないから気になって、部屋をノックして入ったんだが、誰もいなかった。そういう日が多いんだ」


 尚も、マリアは答えることが出来ない。

 ティニアがレンであるのなら、ラウルと行動を共にしていてもおかしくはないだろう。

 アルベルトが、ドイツの特務部隊出身というのであれば、何かを察知する可能性がある。

 となれば、アルベルトはティニアを通報するのだろうか。

 

 人間ではないと知り、彼女を棄てるのだろうか。

 それでもティニアは、何も語ろうとはしないだろう。


 湧いたお湯を注ぎながら、アルベルトは落ちていく水滴を眺めた。

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