⑰-4 邂逅
レンの事を考えていた。アルビノの少年の名を、心の中で何度も呼んだ。
ティナは嘘が嫌いだ。
やむを得ぬ事情でもない限り、真実しか話さない。
マリアはライン川に架かる橋を歩いていく。今日という日が仕事であればよかったかもしれない。仕事が身に入るとは思えないが。
橋の真ん中で、欄干に手をかけた。
ライン川は、いつものように流れていく。
「何でも出来る、フローリストになりたかったなあ」
口に出したところで、初めて痛感してしまうのだ。
もう、あの日常には戻れぬと。
フローリストなどを目指している場合ではない。
シチリア島にあった拠点は、敵組織・ヴェルローラの残骸かもしれない。今のヴェルローラの状況を知っているのは、ティナではなくラウルだ。その状況を知るためにも、マリアはラウルに接触を図りたかった。
病み上がりのティナを連れていくのは、得策ではないだろう。
であれば、あの拠点へ向かうしかない。あそこへ行けば、ラウルが現れる予感があった。
ラウルからは『もう訪れるな』という警告を受けているため、ティナと相談する必要がありそうだ。
相談――。
相談したいこと。
不安であること。
――フローリストを目指していたということを、ティナには話したかった。
もう、それは叶わないのだろうか。
「口に出してしまえば、成るものも成らぬ、よね。そう、私はフローリストにはならない。成れない」
「何言ってるんだ、成れるだろう」
いつの間にか、木材と釘を持った長身の男、アルベルトが傍らに居たのに、マリアは気付かなかった。息を飲みこみ、驚くマリアに、アルベルトは木材を地面に置くと気まずそうに笑みを浮かべた。
慌てたマリアは、声を上げた。
「あ、あのねえ! 勝手に独り言を聞いて、勝手に付け加えないでくれる!?」
「いや、声はかけたぞ」
見れば、遠くの方でシュタイン家の喚き声(ちゃんとした指示)が聞こえてくる。大人数の兄弟子たちが近くに居たというのに、何も気付けずにいた。考え込み過ぎており、隙だらけのようだ。
「あ、……近くで仕事してたのね」
「本当に聞こえてなかったのか。無視かと……」
「あのね。そこまで私、薄情じゃないけれど?」
「飛び降りるのかと思って、ひやひやしたよ」
アルベルトの言葉に、マリアは目を真ん丸にすると、ライン川へ視線を戻した。ライン川を進めば、ボーデン湖がある。
マリアはボーデン湖を見たことが無い。人気の観光地であるということでしか、知らない。
近いようで遠いのは、知識が無いからだろうか。
「飛び込んだら、気持ちいいかしら」
「やめろよ、ティニアが心配する」
ティニア。
その言葉に、わかりやすい動揺が広がる。
「どうした。喧嘩でもしたのか」
「ううん。そういう訳じゃないわ。これから夕飯をごちそうになるんだから、喧嘩なんてするわけがないじゃない」
「お前、同居人が居るんだろ。大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。これからの事を真剣に考えているから、ちょっと一人にしてあげたくて」
マリアは小石を手に取ると、思いっきり川へ投げた。小石は大した音もたてず、川のせせらぎによって掻き消された。
「諦めるなよ」
「え?」
「フローリストだよ」
アルベルトはマリアを見つめると、マリアのすぐ隣に座り込んだ。そのまま手に持っていた一つの釘を取り出した。釘を眺めながら、くるくると器用に回していく。何かを堪えているような、そんな仕草であった。
「俺も、諦めていたんだ。日常なんて、普通なんて送れやしないって」
「この国で敵対行動――諜報活動とかをしていた訳じゃないんでしょ」
「ああ。……亡命してきたからな」
「だったら……」
マリアの言葉に重ねるように、アルベルトは語りだした。
「俺は、あの国の特務部隊の隊員だった」
「…………」
「俺はあの時、まともじゃなかった。軍学校に入れられ、目的を遂行するために、俺は復讐に生きていた。どうかしていたよ」
ライン川を見つめ、男は吐き捨てるように言った。




