⑯-6 流れゆくもの
一方、ライン川沿いでは、ティニアがシュタイン・アム・ラインのライン川沿いをゆっくりと歩いていた。
不意に立ち止まると、後方に続く長身男へ悪態をついた。
「別について来なくてもいいんだけれど」
「なんだよ。また何か怒っているのか?」
「別に」
ティニアはそのまま川を眺めた。
「ここでいいかあ」
ティニアは川辺に佇むと、手に持っていた花を川へ流した。花は午後のライン川を下っていく。ティニアは手を合わせ、静かに祈った。
孤児院の裏で、ティニアは子供たちと花を植えていた。
その時、茎が折れてしまった花がいくつかあった。
ティニアは、その花を川へ流したのだ。慈しむように、胸の前で手を合わせた。
「どうか、せめて安らかに」
「…………」
アルベルトもティニアに習い、自然と手を合わせた。ティニアは尚も祈りを続けており、ライン川の煌めきと風が、彼女の短めの金髪を靡かせる。
「なあ」
「なに?」
「恩人がいるって、聞いたんだが……」
「……恩人なんて、何人もいるけれど」
ティニアは顔を上げることなく祈りながら、吐き捨てるように即答した。その言葉に込められた感情を、アルベルトは必死で思考した。
「だからなに、とか。誰から聞いたのか、とも聞き返さないのか」
「親しい人には、話してるからね」
「俺は、親しくないのか?」
「君はすぐ卑屈になるよね」
「お前の事に関しては、すぐにな」
ティニアは無言で顔を上げると、絡めていた指を緩めた。そのまま瞳を開けると、光の反射によって金色に瞳が輝いた。
「ごめん」
あまりに彼女らしくない突拍子の無い言葉に、アルベルトは返す言葉が見つからず、無言になってしまう。咄嗟に言葉を言おうにも、またヘマをしそうで黙り込んでしまった。
「その……、言いすぎたから」
横目でアルベルトを見つめたティニアは、すぐに花が流れていった方向を見つめた。
「いや、俺が無神経だった」
「ボクも」
アルベルトが再びティニアを見つめたとき、瞳の色は青く、自身の目を見据えていた。全てを見通すかのようなその瞳は、涙をためているかのように輝いた。
「ボクも、君のことになると、冷静じゃなくなるみたい」
「なんでそんな。泣くことじゃ……」
「泣いてないよ。……よくわからないんだよね、君のこと」
「そりゃ、そんなに会話もしてないし。知り合ってからそんなに経ってないだろう」
「でも……。こんなにわからないのは、初めてなんだ」
ティニアは足元を見つめると、近くの小石を蹴ってライン川へ落した。石は軽い音を奏でると、水中へ沈んでいった。
「お前は優しいから、相手を全部理解して、苦しみを拭い去ろうとするだろ?」
「そうなのかな……」
「見透かそうとしなくたっていいじゃないか」
「……ボクは人を見透かしていたのか」
「悪い、そんなつもりは……」
「でも、みんな苦しんでいるじゃん。僕は恨まれてもいいから、僕なんかで事足りるのなら、ボクは……」
「いいだろ、わからなくたって」
アルベルトはティニアを後ろからそっと抱きしめた。
「せめて、俺の事だけでもいい。わからなくていいんだ」
「…………」
「お前、前に言ってたろ。僕にすがるな。依存するな、傾くなって」
「……随分、酷いことを言ったね」
「違う、そうじゃないさ」
アルベルトは体を抱き起すと、ティニアの頬にそっと触れた。ティニアの青い瞳に溜まっていた涙は溢れ、アルベルトの指を濡らした。髪が乱れぬよう気を配りながら、その遊んでいる毛先を指で絡めてもて遊ぶ。
「それでいいんだよ」
「……」
「自分のスペースだってあるだろう。そんなに他人の領域に入ってまで、相手を救おうとしなくたっていいんだ」
「……うん」
「俺は大丈夫だから。倒れたり、傾いたりしない。それでも、お前の側に居る」
「…………」
アルベルトの言葉に、ティニアは頷くことはなく、無言を貫いた。それを肯定と受け取ったアルベルトは、静かに彼女へ手を差し出した。ティニアは何故か自虐的に微笑むと、その手を受け取らなかった。
「……泣いちゃった。泣かないと約束していたのに」
ティニアは俯いたまま、服の袖で涙をぬぐった。
「泣いたっていいだろ。我慢は良くない」
「でも……」
ティニアはアルベルトを見上げた。
「……そろそろ戻ろうか。教会で、アドニスが待ってるんだ」
「え? うん……」
アルベルトはティニアの肩を抱き寄せながら、共に教会までの道を歩んだ。ティニアはそれを拒もうとはしなかった。




