⑯-5 それは遠く
一方診療所では、入院中のティナを訪ね、マリアがやってきていた。
殺風景な病室で、マリアは手際よく花を生けていた。ティナへは、退院祝いの花束であること、レオンからの贈り物であることを伝えた。
ティナは頬を赤らめながら、嬉しそうに微笑んでいた。
「改めて言うけれど、ティナさん、退院おめでとうございます」
「ありがとうございます、マリア。いい香りね」
「ティナって花好きだったよね」
「はい」
ティナは、どこかぎこちなく微笑んだ。
「あんまり話したことなかったけど、何の花が一番好きなの?」
「どうしたのですか、突然」
「別に、大したことじゃないわ」
マリアはそういうだけで、それ以上は語らない。
ティナの事を、ほとんど何も知らないことに気付いたのだ。
少し寂しく、焦りが生まれる。
「チューリップも好きですよ」
マリアの想いを汲み取ったのか、ティナは優しく微笑んだ。
見透かされているかのように感じたマリアは、ムッとした表情を浮かべた。
「……一番好きな花は?」
マリアは花束をラッピングしていた新聞紙のしわを伸ばした。
落ち着かなければいけない。何を苛立っているのかと、心を落ち着かせるように、マリアは無言で新聞紙を折りたたんでいった。
「……そうですね。フリージアが好きです。白いものは、特に上品な香りで」
「ねえ……。レイス……」
「あの話をするには、ここは場所が悪いです。退院してからに致しましょう」
ティナはそう言うと、マリアへ微笑みかけた。
「……好きなの?」
「?」
「レオン先生よ」
マリアはチューリップを前に、窓の向こうを見つめた。
静かな診療所に、町の喧騒が聞こえてくる。
看護師たちはシーツを変えるために、別室で作業中だ。
マリアの問いかけに対し、ティナからの返答はなかった。
期待していたわけではないが、マリアは静かにため息をついた。
「別に、言いたくないならいいのだけれど」
「……感謝はしています」
「貴女は、そうやっていつも他人へ興味を示さないけれど、先生は別なんじゃない?」
「…………」
ティナはレイスの頃よりも柔らかみが増したように感じられる。
それは、レオンの影響ではないだろうか。
ティニアがアルベルトの影響で、柔らかくなったように。
マリアの直感に過ぎないが、的を外しているようには思えない。くるりと振り返ると、ティナは俯いたまま表情を変えなかった。マリアは病室のドアに近づいた。
「じゃあ私はティニアの誕生会へ行かなきゃだから。その……」
「……はい。楽しんで来て下さい。花、ありがとう……」
「私は届けただけよ。この花束は、レオン先生からの退院祝いだって言ったでしょ」
「……レオン医師が、選んでくれたのですか?」
「ごめん。選んだのは私」
マリアはそう言うと、ドアノブに手をかけた。
「先生からってことで、ティナへ渡してって言ったの。でも、先生は自分なんかじゃって言って……」
「…………」
「余計なことをしてごめんなさい。じゃあ、そろそろ行くわね」
ドアを開けたところで、マリアは立ち止まり振り返った。
「退院して一緒に住んだら、全部話してもらうから」
「……わかりました」
ドアは、静かな音を立てて閉じられた。
わずかに開いた窓からの風が、花の香りをティナへ注ぎ込む。ティナは苦しそうに胸を掴んだ。
「フリージア……」
ティナの頬を、静かに涙が落ちていった。




