⑯-3 心情
レオンはマリアから花束を改めて受け取ると、二人は無言で教会を目指し直した。レオンの動きはぎこちなく、マリアはワンテンポ置いてから、声を上げてしまった。
「……え。女性、苦手だったんですか?」
「え、ええ。まあ……」
「看護師なんて、ほとんど女性じゃないですか」
「その、大変でしたよ……」
軽く笑って見せたレオンだが、額には薄っすらと汗がにじんでいる。
本当に女性が苦手なようだ。
「勿体ない。すごいカッコイイのに。モテたでしょう?」
「いえ、そんなことはありませんよ。そう言われるのはあまり好きではありませんので、控えていただけると幸いです」
レオンは顔を赤くしながら、眼鏡を少し曇らせた。マリアは分かったと二度頷くと、そのまま堪え切れずに笑いだした。
「女の人が苦手だなんて、全然わかりませんでした。先生って、結構我慢しちゃうんですね」
「いえ、えっと。結構頑張っているのですよ。仕事以外だと、しどろもどろになってしまって」
「ティニアは気にしてなかったみたいだけど……」
言葉を繋げようとした。不意にマリアは表情を曇らせ、足を止めた。レオンは不思議そうに首をかしげ、立ち止まった。
ティニアは、レオンと初対面ではないのかもしれないからだ。
マリアは、自然と眼帯の男を思い浮かべる。
そもそもレオンが敵であるかもしれないと言ったのは、眼帯の男だ。男とレオンは、何らかの面識があるようだが、それ以上を語る事はなかった。
マリアは改めて、レオンを見つめた。
レオンは首をかしげながら、マリアを見つめ返した。
額の汗は、女性が苦手であるということからだろうか。
レオンの事をよく知っているわけではない。
レオンはアルベルトと親しくなっていた。そのアルベルトは、ティニアと共に暮らし始めたばかりだ。
――それが、レオンの計算だとしたのなら。
マリアは首を横に振った。
レオンは尚も心配そうに、静かに様子を見ている。
もしもレオンが敵であるとしたのなら、マリアが丸腰でいる、今この瞬間を狙うはずだ。その気配は感じられない。
そもそも、全ての話を眼帯の男から聞いたわけではない。
情報不足なのはほとんど変わらない。
眼帯の男は、どういう意図でレオンが敵である可能性を語ったのだろうか。
例え的であったとしても、レオンを攻撃したいとは思わない。
銃を置き、花を扱うフローリストという選択をした時から、マリアは戦いから背を向けている。
眼帯の男は言った。
レオンが敵であるのならば、マリアを破壊しなければならない、と。
彼女は、ティニアはどうするのだろうか。
ティニアがアルビノの少年であるのなら、二人きりでいることは好まないだろう。
「どうされました……?」
押し黙っていたマリアへ、レオンは声をかけた。
「……なんでもないの。ちょっと物思いにふけっちゃって」
「そうですか。あまり思いつめないようにして下さい」
レオンは微笑んだ。
差支えのない話題から、探ることは出来ないだろうか。
「ねえ、先生」
「どうしました?」
マリアはレオンを見つめた。マリアの視線に耐え切れなかったのか、レオンは視線をすぐにそらしてしまう。
「ティニアとティナさん、似ていると思わない?」
マリアの言葉に、レオンは一瞬口を開けたまま惚けてしまった。
「私には、どっちがどっちなのか、喋らなきゃわからないわ」
レオンに殺意や敵意は見受けられない。
黙って見据えていたマリアを前に、ついにレオンは笑い出した。今までマリアが見た中で、一番無邪気に笑っている。
「……ティニアさんは本当に、不思議な方ですよね。内面が非常にコミカルで、それでいて博識で」
笑いながら、レオンは早口で答えた。
黙り込んでいたマリアの事を心配していたレオンは、気が抜けたようだ。
レオンは視線を花束へ向けると、物思いに浸るかのような表情を浮かべた。
「そうですね……。顔や声は、確かに似ているとは思います」
一呼吸置くと、レオンは気恥ずかしそうにマリアを見上げた。
「ですが、ティナさんはどちらかというと……」
そう言うと、切ない笑みを浮かべた。
「とても綺麗な方です」
短い言葉だった。それも言い終わらぬうちに、レオンは嬉しそうに口元を緩ませていた。
眼帯の男の勘違いではないだろうか。
レオンが敵である可能性は薄いように見える。
それ以上に――。
「先生って……」
マリアは胸の前に広がる、チューリップを見つめた。
「先生って、ティナさんが好きなのね」
「ええええええ⁉」
淡々としたマリアの言葉に、レオン素っ頓狂な声がこだまする。歩いていた観光客は、笑いながら通り過ぎていく。
「ふふ。そんな声あげちゃうなんて。もしかして、気付いてなかったんですか?」
「いえ、いえあの。いえ……というか、マリアさんは、その花を届けに診療所へ行くのでは!?」
「そうなんだけど。話が面白くてここまで来ちゃった。ふふふ。じゃあ、私はティナさんに早めの退院祝いの花束を渡して、先生の想いをそれとなく伝えてくるわね」
「ちょ、ちょっと待って、ください! マリアさん、ダメですよ。ダメですからね!」
「ふふふ、わかってるわよー!」
マリアは笑いながら、来た道を戻ると診療所へ駆けて出した。マリアを視線で追っていたレオンは、頬を赤らめながら教会を目指しなおした。
マリアは曲がった角を戻り、路地へ振り返った。丁度レオンが花束を持って、角を曲がるところだった。
レオンはレイスにただならぬ思いを秘めている。
敵である可能性は、低いだろう。
きっと、眼帯の男の勘違いだ。
再びマリアは歩き続けた。診療所が見えてくる場所に差し掛かると、不意に立ち止まった。
「そうよね。うん。皆、恋するよね。ティニアも、ティナも素敵なんだもん。いいなあ。二人とも……」
ポツリと零した言葉を聞く者はいない。
黒い影が空から降り注いだ。マリアが空を見上げると、丁度白鷺のような大きな鳥が、シュタイン・アム・ラインの上空を飛んでいくところだった。美しい白き身姿は不吉な知らせか、それとも――。
「寂しいな。私は…………」
朱色の髪の美しい女性は、少女のように涙で頬を濡らしながら、診療所へ向かった。




