⑯-1 主役ばかりの花束
職場の奥に立つマリアは、花束を組むために花たちを見つめていた。
色とりどりの花を数種類並べ、口元に手を当てると、念入りに花たちを見つめ直した。
面倒な注文が来たわけではない。
これは、注文とは違う花束だ。
私情が挟むとはいえ、慎重に選びたい。
「この花にするわ」
そう言うと、マリアは色鮮やかな赤いチューリップを手に取った。
◇◇◇
ティニアとアルベルトの喧嘩騒動が起きてから、平和な数日が経過した。
それ以降も二人の仲は良好のようで、マリアが家を訪ねても、仲睦まじくじゃれ合っていた。
今日は六月十四日、ゆるやかな気温の午後二時。
予約をしていた客が、時間通りに花屋ペラルゴを訪れた。
町の診療所の医師――白衣の男レオン。レオンは花屋に不釣り合いな白衣を身にまとっている。
出迎えた女店主ミランダと、一緒に働き始めたメアリーは得意げな表情を浮かべた。
「先生、どうですか?」
「いいじゃろ? 渾身のできじゃよ」
「ふむ。これは……フリージアですか?」
「そうじゃよ。綺麗じゃろ?」
「花は詳しくないのですが、中々に見事です。これは、予算内なのですか?」
「それはもう、勉強させていただきましたよ。それに他ならぬ、先生のご注文ですし」
ミランダはそう言いながら、予算内の金額を提示した。
花束を受け取ったレオンは、その豪華さに驚いた様子だ。
カスミソウがちらばり、中央には白いフリージアが主役を務めている。
今回の花束は豪勢かつ、美しく咲き乱れていればいい。
「喜んでいただけると思うのですが、ちょっと緊張しますね。女性に花束など」
レオンは照れたように頬を赤らめたところで、マリアが奥から現れた。その手にはチューリップの花束が大切そうに抱かれている。
マリアは軽く一礼すると、レオンへ微笑んだ。
「切り花で良かったの? あの子は、植木鉢の方が好みよ」
「そう伺ったのですが、やはり様々な花を集めて贈りたかったのですよ。彼女らしい賑やかさが欲しかったのです」
レオンはそういうと、不安そうに代金を支払った。ミランダは笑みを浮かべながら、その代金を受け取る。
代金が支払われたことを確認すると、マリアは前へ歩み出た。
豪華な花束を抱きかかえるレオンへ、マリアはチューリップの花束を差し出した。
「これは、ほんのおまけなのだけど」
マリアの手に持つ花束は、簡素ではあるものの、色とりどりのチューリップが集められている。
「ティナさん、退院するじゃない? そのお祝いなの」
「喜ぶと思いますよ。退院は来週の話ですが、もうすっかり元気になられていますしね」
「……日常生活に何ら支障は無いものの、記憶までは戻らなかったのは心配よね」
ティナ。
診療所で入院中の彼女の正体は、マリアが少女ラーレだった頃に世話になっていた女性構成員だ。
名をレイス。ただし、レイスはコードネームであり、彼女本来の名前では無い。
マリアはチューリップの咲き乱れる花束を前に出した。
「これを先生から、ティナさんへ渡してほしいのよ」
「ええ。どうしてですか」
「そりゃあ私からより、先生から贈られたものなら喜ぶからよ」
ほんのからかいのつもりだったが、マリアの言葉にレオンは首を横に振った。
「僕なんかからもらったところで、嬉しくはないですよ……」
「そうかしら? 試しに渡してみて下さいよ」
引き下がらぬマリアに対し、レオンは頬を赤らめた。
「で、ですが……」
「まあまあ。マリアも、先生が困っているじゃない」
「え~。絶対喜ぶと思ったのに……」
止めに入ったミランダは苦笑いを浮かべた。レオンは咳ばらいをすると、改めてマリアへ向かって微笑んだ。
「マリアさんがティナさんと一緒に住んでくれると聞いて、私は嬉しかったですよ」
「私が一人暮らしを始めて、ティニアがアルベルトと一緒に住みたいって言ったところだったし、タイミングが良かったのよ」
「あの二人の仲も、漸くと言ったところでしょうか……」
「好き合う人ほど、からかい合ってしまうものっていうしね」
二人の話を聞き、ミランダはマリアへ驚きの声を上げた。
「あら。マリア、一緒に住む友達って……」
「うん。診療所で入院している、ティナさんなの。退院先もあやふやで退院できないって聞いて。そんなのって、あんまりじゃない?」
「確かにそうじゃの。元気ならもっと日常生活に溶け込んだほうが、良いリハビリになるもんじゃわ」
自ら足の不自由なメアリーは、何度も頷いた。
マリアはチューリップの花束をチラ見した。慎重に、丁寧に選んだ花束だ。
ティナが花を愛でるかは知らないが、花を厭がる女性はいないだろう。
レオンは誤魔化すように、店内の時計を見た。
「では時間ですし、僕はこれで……」
レオンの両手は花束でふさがっており、マリアは店のドアを代わりに開けた。
「気を付けて持って行ってくださいね。先生はこのまま教会へ?」
「はい」
「ありがとうございました!」
照れくさそうに花束を持って外に出たレオンに、歩いていた観光客や町の人の視線が重なっていく。
丁寧にお辞儀をしたマリアへ、ミランダは声をかけた。
「マリアも診療所へ花束を届けるんだったら、もう出ていいわよ。大事なお役目もあるんだし」
「ありがとう、ミランダさん!」
「お疲れさんじゃよ、マリア」
「メアリーさんも、お疲れ様です! 先に行ってますね」
豪華な花束を抱えた、白衣のレオンとチューリップの花束を抱えたマリアの姿に、町の人々は注目した。
マリアは気恥ずかしくなり、花束に顔を埋めた。
「何だか恥ずかしいわね」
「はは。そうですね。僕も一人でしたら、恥ずかしくてダメでしたでしょうね。マリアさんがいて良かった」
「……誕生会に合わせて、ティニアを退院させてくれてありがとう」
マリアは医師に微笑みかけると、医師は照れた表情で顔を赤らめた。




