⑮-6 余韻
アドニスは細目をより細めながら、人混みの目線を避けるように扉を閉めた。すぐにざわめいていた喧騒は聞こえなくなった。
ティニアの去った教会は、アルベルトとアドニスの二人だけになっていた。
アドニスは屈むと泥をすくった。悪びれるわけでもなく、その光景をぼんやりと見つめるアルベルトは、自身の頬に触れた。
「機嫌が直ってよかったよ。久しぶりに女に叩かれたが、痛いものだな」
「久しぶり? というか、叩かれることを普通はしませんよ」
「まあそうだよな」
緊張が解けたのか、アルベルトは饒舌に語りだした。アドニスもまた、緊張の糸がほぐれてしまっている。
「あなたの事ですから、しょっちゅう叩かれているのでしょうね」
「まさか。女にたたかれるのは、二回目だよ」
「……はあ。前もティニアから?」
「いや、なんか若いときに。その辺のバーにいた女に」
アルベルトは頬を同じようにペチペチと叩いてみせた。その態度に、アドニスは頭を抱えた。
「あなたという人は……」
「いや~。あの時は驚いたよ。叩かれた後に、いきなり少年が話しかけてきて」
「バーに少年ですか?」
「なんかやたら白くて、アルビノっていうのか? 見た目から目立ってたんだが、細身だし妙に色気もあるから、やばいなって思ったんだよ」
男は懐かしそうに腕を組み、思い出の日を語る。
「そしたらそいつ、俺の頬見てな、凄い笑うんだよ」
男は風が変わったことにも気付かず、思い出に浸っていた。
「で、君は女性の扱いを知らなすぎるって」
アドニスは何も答えず、男の話を聞いてやっていたが、心配そうに男を見つめ返した。
「ティニアを見た時、そいつだと思ったんだ。声も、姿も違うのに。なんでなのかはわからない」
アルベルトはステンドグラスを眺めながら、遠い日の記憶を紡ぎ出して行った。
「そいつの笑い方が、ティニアみたいなんだ。別人なのにな。……ずっと探していたのに」
アドニスは真面目な顔で黙り込みながら、話を聞いている。
「あれから、あの街は大戦を挟んだ。まだどこかで生きてるなら、もう一回会ってみたいとは思っている。それからずっと、探していたんだが……」
「ははあ、なるほど。君は男性でもいけ……」
「ひっぱたくぞ」
「おっとっと」
アドニスは少年のように顔をくしゃくしゃにしながら笑うと、頬をガードした。
「そんなんじゃない。ただ、知り合いによく似ていたんだ。すごい昔に会ったような、そういう――」
「ふむ」
「……いや、なんでもない。俺も花植え、手伝ってくる」
アルベルトは目を虚ろにしたまま、思い出に重たい蓋をすると孤児院へ向かった。
残された神父は黙って、宙に十字を切った。




