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⑮-5 シロくてちいさなハナ

 シュタイン・アム・ラインの小さな教会では、男が女に迫っていた。

 アルベルトは教会の扉を開けたまま、後ろから白い花を差し出した。茎の部分は新聞紙で無造作に包まれ、バケツへ入れられている。固まってしまったティニアを前に、アルベルトは呼吸を忘れ、何とか言葉を続けた。


「これ、やる」

「何なのですか! いきなりやってきて!」


 アドニスがティニアの前へ歩み出たものの、ティニアは微動だにしない。俯いたまま、思い詰めたように花束を見つめている。アルベルトは花束――バケツに入った花たちを突き出しながら、頭を垂れた。


「……悪かった。この通りだ」

「…………」

「あ、貴方は、……この花が何か御存知で?」

「その、これは……」


 ティニアは目を細めた。


「アキレア、アキレス、……ヤロウ。呼び名はいくつかあるけれど、止血によく効く薬草の一つだね。戦にでも行けってことかな」

「そういう事なら、お前がまた怪我したら俺が煎じてやるよ」


 アルベルトは素っ頓狂な事を口走ったため、それを聞いたアドニスは落胆し、憤慨した。ティニアは唖然としたまま、口を開けたままアルベルトを見つめた。


「まったく。適当に野花を摘んできて、許しを請うなど以ての外ですよ!」


 ティニアの代わりに、アドニスが怒りを露わにした。アルベルトは視線を揺らしながら、手に持っていた図鑑を慌てて捲っていった。


「違う、ちゃんと図鑑(こいつ)を見て……。花に見覚えがあったんだ。それで山に入ったら、普通に咲いてるじゃないか」

「そりゃ咲いてるでしょうけど……! 雑草でしょう!」

「だから。羽状に深く裂けるように葉が咲くように咲いているのがそうなんだよな? あ、あった! ほら、植木鉢でスノードロップを贈ったら、その、機嫌が悪くなったから」


 アドニスは更に激しく憤慨すると、二人の間へ割って入り込んだ。


「なんですって!? スノードロップ? シュネーグロッケンの花言葉もご存じないとは。……イングランドの一部では」

「……あなたの死を望みます、だね」

「ええ! そ、そんな花言葉、知らなかったんだ。本当なんだ。ただ、お前に贈るのなら、小さくて白い花が良いなと思って選んだんだ。他意はない!」

「…………」

「その……懐中時計のこと。悪かった。だからこれを」

「別にそういうことじゃないんだよ」


 ティニアは震えるアルベルトの腕や裾に泥がついているに気付いた。


「本当に摘んできたの?」


 ティニアは信じられないと言わんばかりの表情で、バケツを受け取ってしまった。


「いや、その……」

「花言葉の意味も知らずに、適当に繕おうとしたからですよ」

「……いや、でも俺は」

「君はさ。そうやって、いくつもの花を摘み取って、僕の命も摘み取りたいということ?」


 その言葉がらしくないことを、ティニア自身が感じている。冗談ではなく、珍しく本気で憤る彼女を、神父も心配そうに見つめる。ティニアは花束に触れながら、アルベルトを睨みつけた。教会の扉は開けたままであり、人だかりが出来てゆく。


「……違う、これは」


 ティニアは、改めて花に片手を伸ばして触れた。動揺した男の手から、ポタポタと砂や泥が溢れ落ちる。摘む際に出来たのか、擦り傷も見受けられる。


「お前、この花好きだっただろ。だから、ただ摘み取っても喜ばないと思ったんだ。だから、これ、根も土ごと。根なんて何かに使えそうだろ」


 これにアドニスがたまらず声を上げる。


「土!? ちょっと! ああもう、僕の教会が! ああああもっと溢れて」

「…………」

「好きだったろ? この花」

「なんで。そんなこと、一言も言ったことないでしょ」


 ティニアは言葉を小声にしていくと、なんとかその言葉を繋げた。か細い声はあまりに小さく、ティニアはそっぽを向いてしまった。


「でも好きだろ」

「好きじゃないよ」


 ティニアは微笑むどころか無表情になると、バケツから滴る泥を見つめた。


「いや、でもお前」

「僕が好きな花は、色は白でもフリージアだよ」

「え、なんで……」

「フリージアの中でも、白は特別香りが強いんだ」

「………………」


 アルベルトは黙り込んだ。ティニアはバツが悪そうな顔をすると、溜息をついた。


「本当に。好きな花の話なんて、一度もしなかったじゃん。ほんっと、なんなのかな」

「ティ、……ニア」

「うるさい。でも、まあ。この花、このままだと枯れちゃうから」

「…………」

「子供達と植えかえるよ。少しでも、長く咲いていて欲しいから」

「……すまん、根ごとで」

「ううん。……ありがと」


 ティニアはバケツを手に教会を出ようとした。人混みは、ティニアを見つめている。ティニアは顔を赤らめると、人混みをかき分けた。


「通してください。見世物じゃないよ、もう!」


 人々はそんなティニアへ道を譲るために離れていった。扉が開いたままの入り口を見つめていたアドニスは、ポツリと呟いた。


「……フリージア…………?」

「え? どうした、アドニス」

「いえ……」


 白鷺と鷲が、教会の屋根から勢いよく羽ばたく音が、暖かくて穏やかなシュタイン・アム・ラインを駆け抜けていった。

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