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⑮-4 悲劇

 このまま話を流してしまうわけにはいかない。マリアはミランダを見つめた。


「その辺境伯さんが、熊公さんが、どうしたの?」

「ああ、ティニアはそれで、くまちゃんが好きなのか。なるほどねぇ」


 ミランダが口を開こうとしたとき、メアリーは納得がいったように何度も頷いた。


 ティニアが好んで使っているくまちゃん。

 ただのマスコット的立ち位置ではなく、ちゃんとした理由があっというのだろうか。


 熊公アルブレヒト。彼がティニアにとっての恩人なのだろうか。

 話は折れてしまったが、ミランダはマリアを見つめて答えた。


「彼を元に、枝分かれしていった一族はね、のちにアンハルト公国という国を治められていたのよ」

「アンハルト公国……?」


 マリアの疑問を割るように、メアリーが声を上げた。


「なんだって……!? じゃあ、アスカーニエン家ってことかい」

「アスカーニエン家?」

「メアリーは博識ね。そう、アスカーニエン家よ。もうずっと昔から続いておられる、由緒正しい御家柄なの。ティニアはその一族に、恩があるのよ」


 ミランダはそういうと、アイリスの花を花束の中心に選んだ。午後の予約客の注文品だ。


 熊公アルブレヒトに恩があるわけではない――ミランダはそう言いたいようだった。

 納得した表情を浮かべたメアリーは呟くように、その国の名を口にした。


「そうか、アンハルト公国か……」

「ごめんなさい。わからないのだけれど……。 アンハルト公国って?」

「知らないなら仕方ない。アンハルト公国は、実在した国だよ」


 ミランダはそういうと、窓の外を警戒した。観光客が疎らに歩いているだけである。マリアだけがはてなマークを浮かべている。ミランダは口を開いた。


「アスカーニエン家のアンハルト諸侯領が集まってね。1863年にアンハルト公国が成立したの」

「1863年……」


 マリアは復唱した。知らない数字なのに、胸の奥がざわついた。


 メアリーが窓の外に目をやったまま続ける。


「……1871年には、ドイツ帝国の構成国となったんじゃよ」

「そんな大きな話が、ティニアとどう繋がるの?」


 マリアが言うと、ミランダは花束の中心を整える手を止めた。

 マリアはミランダの指先が震えているのに気付いた。


「繋がるんだ。……父親が亡くなり、1918年にヨアヒム・エルンスト様が十七歳でアンハルト公国を継いだの」

「十七歳で……?」

「……けれど、その直後にドイツ革命が起きた。君主制廃止だよ。だから、彼は退位したんだ」


 ミランダは言葉を続けた。


「話はそれで終わりじゃない。エルンスト様はナチスに反発した。……そのせいで逮捕されて、1944年にダッハウ強制収容所へ入れられたんだ」

「…………」


 マリアは喉が詰まって言葉にならなかった。

 戦争は身近だった。


 マリアがラーレだった頃、アウローラの拠点では、軍人上がりの者たちが多かった。そして、アウローラの構成員には戦争に参加していた者もいる。それが仕事であり、彼らの生きる術だったのだ。

 多くの者が命を落とした、殺し合いの戦い、それが戦争だ。


 そして何度も耳にした、強制収容所の話。

 そこへ十七歳で強制収容所へ入れられるなど、想像を絶していた。


「エルンスト様は三ヶ月後に解放された。でもね」


 ミランダは胸に手を当て、視線を落とす。

 メアリーが、最後を押し出すように言った。


「1945年、今度は“ナチスと関わりがあった”と決めつけられた。……そして、ソ連の特別収容所へ送られた」

「反発してたのに……どうして」

「……さてね」


 メアリーは笑わなかった。


「エルンスト様は病気と衰弱で、二年後に収容所で亡くなった。それが——」


 ミランダが、そこで一拍置いた。


「二月十八日よ。……ティニアが、毎年、辛そうにしてるのは、その日を思い出すからよ」


 マリアは袖で涙を拭った。自分のことじゃないのに、手が震える。


「……無実の、敗戦の犠牲者だと言われている」


 ミランダの声が細くなる。


「だからティニアは、“北の報告”を聞くと……感情を噛み殺すのね……」


 二月十八日の真実。

 マリアはたまらずに袖で涙を拭った。とても他人事のようには思えなかった。

 自分だったら耐えられたであろうか。耐えられるわけがない。

 歯を食いしばり、涙をこらえているマリアを見て、ミランダも涙を溜めた。


「ティニアは恩を感じていたけど、色んな事があったんだ。アスカーニエン家と共にいるわけにはいかなくなった。そして、ティニアや私たちはスイスへ渡ったんだ」

「……じゃあ、ティニアが言ってた恩人って、……アルブレヒト熊公ってひと?」

「そんなわけあるかい。十二世紀の人だっていっただろう。アスカーニエン家が、彼らの一族だってだけじゃろて」


 そういうと、メアリーは白いフリージアを花束の主役に選んだ。


「そう、ね。普通ならね……」


 マリアはそう呟いた。


 全てを理解できたわけではなかった。ティニアが普通の人間でなければ、恩人はアスカーニエン家だけではないだろう、と。

 彼女が楽しそうに話していた辺境伯の話や、(つわもの)たちの逸話。

 それらが全て実話であったというのなら、ティニアは十二世紀から生きていたことになるだろう。

 少年の姿でラーレと出会い、ティニアとしてマリアと共に過ごした彼女は同一人物であり、人ではなかったということだ。

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