⑮-3 熊
「それにしても、珍しいわね」
店内に戻ってきたマリアに、ミランダはそう声をかけた。
「なにが? 喧嘩?」
「そうじゃないわよ。ティニアがそんなに心を露わにするなんて、珍しいと思わない?」
「うーん。アルベルトの前だと違うみたいね。割といつも自然体みたいだし」
ティニアは口が上手い。淡々として飄々としながら、言葉巧みに相手を誘導してきたはずだ。それが、アルベルトを前にすると露骨に感情がむき出しになるように感じていた。
「何かあるのかねえ」
メアリーの言葉に、ミランダは玄関をチラ見した。
「やっぱり名前かしら……」
ミランダの呟きに、マリアが反応する。
「名前?」
「そう。アルベルトのドイツ語読みは、アルブレヒトでしょう」
アルブレヒト。ティニアの部屋にある、クマのぬいぐるみの名前だ。
その話かと思ったマリアだったが、ミランダの話は全く違うものだった。
「……マリアは、熊公という人を、知ってる?」
「熊、公? ううん、……知らないけど、獣人か何かってこと……?」
「熊公というのは、人間への愛称みたいなものなの。実在した、ね」
「ああ。十二世紀の人で、初代ブランデンブルク辺境伯の、アルブレヒト熊公か。愛妻家だって噂のある辺境伯さんね」
メアリーはそういうと、カスミソウを数本手に取った。メアリーの言葉に驚いたのはミランダだった。
「あら、メアリー。知ってるの?」
「少しだけじゃが」
「え、なにそれ! 愛妻家なんて、素敵じゃない」
「生涯、一人の妻を手放さなかったって話だよ。いい辺境伯だった、そう聞いている」
「うそ! 素敵じゃない!」
「ちょっと、メアリー。なんでそんなことまで知ってるんだ」
メアリーは鼻歌を歌いながら、誤魔化すように花束を作っていく。その様子にミランダも笑みを浮かべた。




