第八話 輿入れの前に
来島の村上通康の元に毛利の栄姫が輿入れしてくるのは、来る十二月十六日のことである。が。
(なーんで突然、能島に毛利の使者が来るんだよッ!)
本日は十二月十日。報せをもたらされた武吉は、使い古された手ではあるものの、とりあえず居留守を使うことにした。
代わりに対応するのは、叔父の隆重。
なにせ、婚儀の場で影武者をするのは自分の予定である。具合が悪いとか言って途中で抜ける気満々ではあるのだが、事前に下手に顔を合わせるのは避けるに越したことはない。
しかし。
「気になるのなら、直々に対応なされればよかったのに」
あからさまに挙動不審な武吉に、呆れたように花が口を開いた。
「そういうわけにもいかんだろう……?」
しかし、それでも一体何の用か──気になる武吉は熊のように行ったり来たりを繰り返す。
「えーい鬱陶しいッ! ただでさえ通隆の看病で手一杯ですのにッ!」
ちょっと頭を冷やしてきなさいッ! 花にお尻を蹴飛ばされた武吉は、そのまま廊下に追いやられてしまった。
◆◇◆
「わざわざ送っていただき、ありがとうございます」
花から追い出された武吉は、昨日泊まった義継を居城まで送っていくという建前で、城に残っていた数名の家臣とともに海に漕ぎ出した。
能島の頭領直々の操船に、義継は恐縮しっぱなしだったが。
「つ、ついでに大三島に詣でてくるから、いいってことよ」
まさか本当は毛利の使者から居留守を使って逃げた上、嫁に追い出されたとは言えず、武吉は視線を逸らせる。
事情を完全に把握し、こっちをチラチラ見ながらニヤニヤ意味深に笑う家臣の頭を武吉は無言で引っ叩きつつ、武吉は義継に口をひらいた。
「河野はどうなった?」
「一応、お方様を懸命に説き伏せまして、河野のご当主様のみ、本当の事をお話しいたしました」
義継が苦笑いを浮かべた。
来島村上家が仕える伊予河野家は、その名の通り四国の伊予に拠点を構える由緒正しき大大名──ではあるのだが、しかしここのところ優秀な当主に恵まれず、当主争いが起こっては鎮まり、また家臣の謀反により内乱が起こっては鎮まりと、大内以上に体制が弱体化している印象がある。
ちなみに、あの通康のヒステリックな正妻は、河野の前当主通直の娘にて、現当主通宣の異母姉であった。
「毛利とは違い、今の河野家は来島村上水軍にかなり依存していますからね……当面の間、通康様の死を公開したところで、河野家側が大変な目に遭うのは目に見えておりますので、多少の無茶振りは受け入れざるを得ないでしょう」
──果たして、それはどちらが偉いんだろう。と武吉は苦笑を浮かべた。
「なので、『通康様は一揆制圧の際にお怪我をされ、体長を考慮してあまり長時間宴に出る事はできません』といった内容のお手紙を毛利家側に一筆したためていただきましたので、ご安心ください」
「おう、ありがとよ」
武吉はとりあえず婚儀までの詳細を詰めながら、義継を彼の居城である大三島隣の甘崎城まで送り届けた。
◆◇◆
大三島は神の島。
山神であり海神、そして航海と戦の神である大山祗神を祀る神社の総本社で、歴代の朝廷や武将から崇められてきた。
もちろん、武吉をはじめとする能島村上家も例外ではなく、ちょくちょく詣でているし、何かあるごとに寄進も行っている。
そして──。
「お頭! 今日はちょいとマズイですって」
通隆の母が、そういえば此処の巫女だったって言ってたよなー──などとボーッと考えていた武吉に、神社に先触れに行った家臣の一人が慌てつつ、しかし珍しく声を顰めて帰ってきた。
一応神域に入るため身なりはそれなりに整えてきたが、口調はいつもの通りなので我ながらそこそこ違和感はある。
「どうした一体……」
「因島家の吉充様がおられます」
吉充が? 予想外の先客に、武吉は驚いて立ち上がった。
「あと……」
「ちょうどいいじゃねぇか! アイツとも十六日の件、打ち合わせしとこうぜ!」
部下の話を最後まで聴かず、武吉は神社の敷地を跨ぐ。
果たして。
「吉充殿、貴殿のお知り合いですかな?」
柔和に微笑む一人の青年の隣で、今にも指差して爆笑しそうな吉充。
「あーほら言わんこっちゃない……大将最後まで人の話聴かないから……」
「自分はちゃんと言いかけましたからね! 毛利の小早川殿がいらっしゃるって!」
予想外の形で飛び出してしまったものの、それ以上の状況に固まってしまう武吉。
ひそひそ小声で、しかしてぶーぶー文句を言う部下たちの声が背後から聞こえてくるが、それはもうあとの祭。
たぶん同年代であろうと思われる見目麗しい美丈夫。
公家といっても差し支えないほど、優美な立ち振る舞い。
身に纏う、冬の曇天のような濃い灰色を基調とした直垂は、見ようによっては年寄りくさく感じてしまうが、なぜか妙によく似合う。
それが。
(小早川……って、本家乗っ取りのあの小早川隆景か!)
武吉が当主となり、大内で謀反が起こったほぼ同時期、分家の当主が本家の娘を娶り、双家を統合した──といったことがあった。
しかし、ただ単純に統合しただけなら問題はなかったのだが、そもそもその分家の当主が他所から貰われてきた養子であり、本来継ぐはずだった本家の跡取りから家督を奪う形で当主の座に収まった──との話。
(確か、俺より三つ上……だったか?)
一見すると華奢で繊細そうだが、相手があの小早川隆景なら、舐めてかかると痛い目に遭うだろう。
ごくり。と、武吉は思わず唾を飲み込む。そして、生半可なことでは対応できぬ! 先手必勝! とばかりに武吉は隆景に名を名乗った。
「初めてお目にかかる。村上右近大夫隆重と申す!」
あ、コラ。誰だ今笑った奴ッ!
武吉が偽名として叔父の名前を名乗ったとたん、後ろの配下が我慢しきれず何人か噴き出す気配がした。
また、正面では吉充が露骨に噴き出して、腹を抱えて笑っている。
「そんなわけで、自分たちは毛利家の方々の参拝の邪魔をするつもりはなかったんだ! 申し訳ない! 自分たちはいつでも参拝できるため、今回は辞退させていただくのでどうぞごゆるりと!」
武吉は早口でそう言って、そそくさと退散して行った。
うん、吉充は後でぶん殴る。覚悟しとけよッ!
◆◇◆
「いやぁ、村上の面汚しがあいすみません……隆景殿。あの者は……」
笑いが止まらない吉充であったが、とにかく隆景に謝った。
「解っていますよ。吉充殿」
隆景も顔にいつもの優しい微笑みを湛えて頷く。
「私、隆重殿とは人質時代の顔見知りですので」
「おや、そうでしたか」
本当にアイツ、阿呆だなぁ──と、また吉充は笑いだした。
「吉充殿、あの者は……」
一人不安そうに、乃美宗勝が問いかけた。
「うーん。乃美の義兄上。実は彼とは少々込み入った約束がございまして。彼の正体を明かすのは今はご勘弁を」
あぁ、悪い奴じゃないですし、現状、邪魔にはならないでしょうから──。
妹の夫である吉充にそう言われ、宗勝は大きな図体ながら不安そうに主人を見た。
「だ、そうです。宗勝。彼と正式に相見えることを、楽しみにしておきましょう」
ね? と、隆景は優雅に微笑んだ。




