第五話 偽装
「だから、どうして来るなと言ってるのに来ちゃうんですか貴方は……」
翌朝、今回は義継を伴い、武吉は中途島の義益の邸を訪ねる。
そして義継はあらかじめ武吉から聞いていた通隆の元に直行。また武吉も勝手知ったる義益の部屋にまっすぐ向かった。
しかし、今日は義益は全く起き上がれておらず、また顔全体がほんのりと赤い。
義益は、諦めたようにため息一つ。
「ちょっと昨夜の冷え込みで、風邪をひいたみたいでして……うつすと悪いので、手短にお願いしますね……」
武吉は座ると、すぐに頭を床板に擦り付けるほど下げた。
「相談に乗ってほしいんだ。従兄殿。助言が欲しい」
「……来島の家督について、ですね」
義益の言葉に、武吉は深く頷く。
「義継から事情は聞いた。が、自分はやはり通隆が継ぐのが一番だと思う」
「でも、周囲を説得できる自信が自分には無い」
故に、此処に来た。
自分の行動を完全に見透かす従兄。
義継が言うまでもなく、彼が病弱でさえなければ、能島の頭領の座は彼で間違いなかったであろう。
「畏まらないでください。能島の頭領は、貴方だ」
まるで武吉の心までを見透かしたかのように、義益は口を開く。
武吉は昨日の出来事を反芻し、ぽつりぽつりと従兄に伝えた。
「義継……いや、通康殿は、俺が来島を継いで、従兄殿が能島を継げと」
「せっかく落ち着いた内乱を、またぶり返させるつもりですかあのジジイ」
いつもは品の良い従兄の突然の口の悪さに、武吉の目が点になった。
「って、思ったでしょう? 貴方」
自分もですよ。と義益はクスクスと笑った。
「改めて言いますが、私に頭領の技量はありません。病弱で船に乗れない私を、血筋だけで形だけの当主に据えおき、やりたい放題していた家臣を諌め、止めることができなかった私に、当主たる器はありません」
「……」
そんな顔をしない! 話を聴くうち複雑そうな表情を浮かべる武吉に、義益はまるで実の弟を諭すように言葉を口にする。
「でも、彼は違うでしょう?」
「……ああ」
通隆は家中で恐れられている。
しかし、戦場でどのくらい豹変するのかは未知数ではあるものの、普段は大人しく、しかし義益とは違い健康で、それでいてなかなかに考えさせられる辞世の句を詠む頭も持ち合わせ、撃たれることを理解してあの高さから海に飛び込む度胸もある。
故に……。
「しばらくは、来島殿には生きていてもらうこととする。通隆が当主の器に成長し、家中に認められる時まで」
だから。
「協力してくれ。従兄殿」
義益は無言で、しかし武吉に協力できる事を嬉しそうに頷いた。
◆◇◆
「通康様の死を隠す?」
義継は怪訝そうに武吉の言葉を繰り返した。
発熱の義益を部屋に残し、武吉は義継と通隆の元に向かった。
驚くことに通隆の意識は既に回復して、武吉とも話すことができた。
もっとも元々の性格が人見知りなようで、武吉に対しては口数は少なかったし、傷は痛んで熱がまだ少しあるようで、横になったままではあったが。
「来島はお前に継いでもらう。現状お前も不安だろうが、その不安の原因は、お前が来島の連中に、認められていないことだ」
違うか? 武吉の問いに、通隆は無言で視線を伏せる。
図星──だな。と、武吉は確信した。
ちゃんと周囲からの自分の評価を客観的に理解して、それでいて、通隆なりにきちんと受け止めている。
だからきっと、コイツは父に依存した現状から脱皮して自発的に動けるようになると、大きく化けるだろう。
「だから、通隆が自分は当主だと認められるようになるまで……お前が当主として自立できるまでは、通康殿には生きてもらうことにする。能島や従兄殿も協力するし……まぁ、当面の対外的な影武者は俺だな」
来島殿並みに体格が良くて高身長のヤツが、他にも居ればよかったんだが──。ぼやく武吉だったが。
「お、今笑ったな?」
無意識な表情変化だったらしく──武吉の言葉に通隆は目を見開いて、それでいて恥ずかしそうに掛けていた着物に潜り込んだ。
◆◇◆
その日の午後。来島城にて。
集まったのは能島当主に因島当主、そして、来島当主の娘であり能島当主夫人である花と、初日に会った通康の正妻で、伊予河野家の前当主の娘であるという夫人。件のカナヅチげふん通康の弟である葛篭葛城主 吉賢に、大三島の甘崎城主である義継。
「皆々様におかれましては」
武吉はわざとらしい程仰々しく、ゆっくり言葉を口にした。
「しばしの間、通康殿の死を内密にしていただきたい」
「どういうことですかな?」
予想通り、吉賢が疑問を呈す。
義継曰く戦にはとことん向いていないが、自治や兵站、計算に強い、来島の頭脳派武将。
「来島の当主は、通隆殿になっていただく……が」
「呪われまするッ!」
そしてやっぱり案の定、通康夫人がヒステリックに叫んだ。
「落ち着いてください。だからといって能島の、オマケに傍系出身の成り上がりな俺が、来島当主になるのもそれはそれで火種の元だ。三年前の能島を思い出してくれ。なぁ、そうだろ?」
そう言うと武吉は吉賢を見た。
吉賢はまさしくそうだという態度を示すよう、複雑そうな表情で視線を逸らす。
「だから、通康殿の死を周囲に隠し、対外的には生きていてもらうことにする。その間、俺らで通隆殿を当主に相応しいよう教育し、いずれは来島の当主になってもらう」
「え? 俺も?」
逃げるなと武吉は口にはしなかったが、がっしり肩を掴まれた吉充は、なにやら大袈裟に驚いた。
「もちろん協力してくれるよな? 因島も!」
親戚だろぉ? と都合のいい時だけ親戚ヅラする武吉に、吉充は珍しく歯切れ悪くゴニョゴニョと口ごもる。
「うーん……もちろん協力はするよ? でもなぁ……」
「なんだよ吉充。言いたいことがあるなら今のうちにハッキリしとけよ」
じゃあ──。吉充はちらりと花や通康夫人の方を見つつ、言いにくそうに口を開いた。
「通康殿、この様子だとたぶん既成事実を作るまで身内にも秘密にしてたんでしょうけど、実は来月、毛利の姫と婚姻結ぶ予定なんです。正確にはおおよそ二十日後。河野家公認、因島の仲介で」
「………………はい?」
一同、青天の霹靂を通り越し、ただただ絶句。
故人の秘密を暴露して振り切ったのか、吉充だけがニコニコと明るく「そぉんなわけで!」と笑いながら続ける。
「二十日弱でどの程度までできるかは不明ですけど、頑張りましょうね! 通隆殿の当主教育!」
あ、今更ですが相手は毛利なんで、騙す相手としては強敵デスヨ!
底抜けに明るく笑う吉充だったが。
「あ、倒れた」
「わーッ! お気を確かに! 武吉殿!」
|張り詰めた気が一気に切れ《ストレスが爆発し》て、流石の武吉も泡吹いてぶっ倒れた。




