第四話 頭領の矜持
「もし万が一、通康様が死んだら……通隆様は即刻、通康様の後を追うように、と」
「なッ!」
義継の言葉を聞いて、思わず武吉は妻の方を見る。
明確な否定を期待していたわけではなかったけれど、義継の言葉を肯定するよう小さく頷く彼女を見たとき、武吉はなんとも言えない絶望的な気分となった。
「つまり……家督を俺にどうこうってのは……そういうことかよ……」
「はい」
震える声を、なんとか絞り出すように問う武吉に、義継もまた渋い顔で肯定をする。
(またかよ……ちくしょう……)
武吉はぎりりと歯噛みする。
三年前まで繰り広げられていた、能島の内戦。
武吉の意思が介入できる余裕も間も無く、通康をはじめとした大人たちの都合で勝手に大切な物事が決められていくこの状況。
そして、その都合の結果で捨てられる者たち──。
「断る!」
何もかもが以前とそっくりな様子で、武吉は即答する。
めちゃくちゃ頭にきていることは言うまでもなく、武吉は義継に掴みかかった。
「俺は能島の頭領だ! 海での生き方が全然違う能島と来島で、今日から俺が来島の頭領になりますとか言ったところで、素直に受け入れられる家臣が、双方ともにどれだけいると思ってるんだ!」
初めは一人の男から始まった村上三家だが、現在、その家の在り方は全くといっていいほど異なっていた。
本州に近い因島村上家は、近隣の小早川ならびにその当主の父である毛利と仲が良く、また四国に近い来島村上家は、伊予河野家に仕えてお抱えの水軍となっている。
そして武吉の能島村上家は、大内から駄別安堵を受けて、海域の通行料兼警固料を徴収することでその海域を支配するという、各大名から独立した立場を取っていた。
強いて言うなら安堵してくれた大内側で、そのことについて感謝はしているのだが、だからといって大内に対して別に臣下の礼をとっているわけではなく、現状、誰にも仕えていない。
「言っておくが、俺は誰にも仕える気はねえ! 来島殿の息子は確かにアイツだけかもしれねぇが、身内なら他にもいるだろうが!」
お前とかお前とかお前とかッ! 同じ村上姓を名乗る義継を武吉は座敷牢の格子に追い詰めて、ガクガクと揺さぶった。
「じ、自分は分家も分家の末端村上ですし……通康様には弟の吉賢様がいらっしゃいますが……えっと……」
名誉に関わるため、ココだけの話ですが。と、義継は声を顰める。
「葛篭葛城の城主様で、伊予の堀江を治めておられ大変頭の回る方ではあるのですが……その……泳げないんですよ……吉賢様は」
「ダメじゃねーかッ!」
水軍大将がカナヅチとか、これ以上もなく致命的である。
武吉は頭を抱えるしかなかった。
しかし。
「能島には、義益様がいらっしゃいます。いざとなれば、かの方が能島の御当主に復帰されれば……」
「んだとこの野郎ッ!」
義継の言葉を途中で遮るように、武吉は強く義継の襟元を締めあげた。
「お前ッ! 現状に落ち着くまで、どれだけ血が流れたと思ってるんだッ!」
慌てた花が途中で割って入り二人を引き離そうとするが、女の力では到底無理な話。
武吉に振り飛ばされた花が盛大に尻餅をついた際、三線が転がって独特の不協和音が周囲に響いた。
運良く壊れることはなかったが、その音で思わず武吉の頭に登った血が一気に下がる。
「あ、悪い……」
「すぐカッとなって暴れる……そういうところが、貴方の未熟なところです」
花の言葉に、武吉はバツが悪そうに手の力を抜き、義継を解放した。
「ただ、義継。父の遺言とはいえ、貴方も身の程をわきまえなさい」
埃をはらいながら花は立ち上がると、義継を静かに睨みつける。
「能島に嫁いだ私が言えることではありませんが、能島に対し、道理にかなわぬ要求をし過ぎています。能島の頭領が来島の頭領を兼ねることなど、無理に決まっているでしょう?」
「申し訳ございません。しかし……」
言い淀む義継だったが──。
「こうなっては致し方ありません! 離縁して私が実家に戻り、私が来島当主になります!」
「マテマテマテマテぇッ!」
キッパリ言い切る花に、武吉が慌てて怒鳴った。
「駄目に決まってるだろうが!」
「なんでそうなるんですかッ! なんでッ!」
武吉同様、あたふたと狼狽える義継。
ちなみに戦国時代、女性の武将や領主、武家の当主が全く居なかったわけではない。
が、ただし。相当なレアケースではあることは間違いないし、井伊直虎や立花誾千代、おつやの方やお田鶴の方など、有名どころが現れるのはもう少し後の世代である。
閑話休題。
慌てふためく二人を──特に武吉をじっとり睨んで、花は爆弾発言を口にした。
「だって貴方、婚儀以降私と一度たりとも床を共にしてないじゃないですの!」
「……え?」
硬直する武吉を、思わず義継が見上げる。
「ちょッ! まッ! 待て! ちょっとマテ! 誤解だッ!」
武吉はブンブンと首を横に振った。
「だってほら……そう! 梅が……お前の姉貴が死んで、早いモンでもうすぐ二年だが、その、こっちだってまだ心の整理ができてないんだよッ!」
後継に指名するほど武吉の事を高く買っていたのか、はたまた身内に取り込まねばと思うほど危険視していたのか──ともかく最初の妻が死んで武吉が悲しむ間もなく、村上通康はすぐに妻の妹を再度能島に嫁に寄越した。
「へぇー初耳です。そんなに姉様のことを、愛してらっしゃったのですねぇ……やはり私はお邪魔虫のようですわね」
そういうことで、やっぱり離縁の方向で……。そう持っていく花に、武吉は狼狽した。
「それは困る! めちゃくちゃ困るッ! あーもうッ! 来島の後継はなんとかッ! なんとか妙案考えるからッ!」
離縁だけは、断固拒否するッ!
最後は涙目で武吉は花にしがみついた。
◆◇◆
──そうは言ったものの。
「あー、どうしよ……」
来島城の客間の縁側に寝そべりながら、武吉は星空を見上げる。
南部の島とはいえ冬の夜風は冷たいが、その分、武吉は落ち着いた気分になれた。
(てか、花のヤツ、やっぱり気にしてたんだなぁ……)
北辰を見つめながら、武吉は彼女の言葉を反芻する。
花の言ったことは概ね事実だが、彼女のことをぞんざいに扱っているつもりはなかった。
彼女のことは好意的に思っている。無理矢理送り込まれてきたに等しい政略婚ではあるが、素直で明るい性格は一緒にいて楽しいし、元気をもらえる。
おまけに、産まれてすぐに母を亡くした甥であり義理の息子である太郎を大変可愛がってくれていて、有難いことこの上ない存在である。
しかし。
(梅と、約束したもんな……)
──能島の家督は、何があろうと太郎に譲る──。
今際の際に交わした、二人きりの約束。
驚きながらも、安心したように息を引き取った妻の為、この約束は終生守りたい。
そのためには、自分が、能島の頭領であり続けなければ──。
「やっぱり、来島は嫡男のアイツが継ぐのが最適だろうがよ……」
村上通隆。
現時点での人間像やその性質は測りかねるが、しかし、たぶん、初対面での印象よりは、思ったよりは悪くはないと自分のカンが告げている。
「明日もう一度、従兄殿のところに相談行ってみるかねぇ……」
武吉は欠伸をすると、「おー、寒ッ……」と震えながら、室内に戻っていった。




