第二十三話 響
パァンッ! パァンッ! と複数の銃声が鳴り響く。
また、同時に破裂するような大きな爆発音も響いた。
小早川水軍対能島水軍の戦い──といいつつ実際は殺傷能力を持たない武器のみで戦う模擬戦の中、当然種子島や焙烙玉の類は使用できない。
しかして、周囲の第三者に戦闘していることを知らしめているにも関わらず、全く使わないのは不自然だ──というわけで。
「オラッ! 能島の! 言い出しっぺだろうがとっとと手ェ動かせッ!」
「無茶言うなや因島ッ! こっちは怪我人だぞッ!」
武吉曰くのもう一つの大切なこと。それは近隣の大久野島に上陸した武吉、隆景、吉充、義継の四人が、空砲を撃ったり焙烙玉を海に向かって投げたりと音響担当として戦の臨場感を演出することだった。
守銭奴の隆重に「火薬が勿体無い」とやや渋い顔をされたことはさておき。
「しかし、なかなか面白いことを考えますねぇ」
隆景がご満悦で構え、パァンッ! と空に向かって空砲を放つ。
「貴殿の発想は、実に面白い」
「そりゃ、どうもッ!」
武吉も腕の怪我ゆえに頻度は遅いが、彼なりの速度で火薬を込めては空に向かって空砲を撃った。
「おーい、そこの焙烙玉担当! さっきから手ェとまってるぞー!」
能天気な武吉の言葉に、キッと義継が睨む。
「誰のせいですかッ! あの通隆様を大将にするとか!」
能島軍が壊滅しますよッ! 義継の言葉に武吉は「ん?」と思わず静止する。
──そういえば。
「ああ、ちょっと死ぬかと思ったけど、意外と話の解る奴だったぞ! 義直殿は」
コンコンと自分の腕の添木を叩く武吉。
義継も一瞬固まり、その行為が意味すること──武吉の怪我の原因について考え、そして──。
「は……はぁッ?」
辿り着いた武吉の追加の怪我の原因が、やっぱり通隆であるという事実に、心底驚き叫んだ。
◆◇◆
徐々に暖かくなってきたとはいえ、四月の──それも遮蔽物のない海上の風はまだ肌寒い。
海戦において、陣太鼓はただ戦場を鼓舞するだけのものではなく、その音の速度や拍子で運行や戦術の細やかな指示を伝える意味もあった。
そんな勇ましい陣太鼓の響く船の上で、隆重は寒さ故にぶるりと身震いをし、周囲の状況を観察する。
「大将、副将と一応は決めたが、船団全体の指揮は叔父上がとってくれ。コイツは自由にやらせてみようと思う」
昨日の説明時、武吉はそう言って通隆の頭をポンポンと撫でていた。が。
(自由にっつーても、どうせアイツは戦闘になったら、どこぞに逃げるじゃろうが)
真面目な弟子ではあるものの、隆重の中で通隆は現状、戦力に数えられていなかった。
実際に今も通隆は隆重の後ろで座りこみ、カタカタと震えていた。
そんな時、ヒョウォゥオウと独特の音を立てて、小早川側の蟇目矢がこちらに飛んでくる。
本来は開戦の合図などに使われる矢なのだが、その数は一本二本では済まず、そこらじゅうで鳴り響きながら雨のように降ってきて、正直言ってとてもうるさい。
ちょうど真上に飛んできた矢を木刀で弾きながら、隆重は叫んだ。
「前進ッ!」
ドォンッ! と太鼓が大きく鳴った。
「続いて鶴翼ッ!」
ドォンッ! ドドォンッ! と、隆重の声に合わせるように太鼓は響き、周囲の船は応えるように素早く、両端の船から徐々に先行するよう動いた。
ふと、隆重の乗る小早が妙な揺れ方をしたため、隆重は後ろを振り返る。
「あぁもう! 通隆! 頭下げて……」
ろ──隆重が最後まで言うまでに、通隆は隆重の脇をするりと通り抜け、舳先に向かって駆けた。
「ちょ……おいッ!」
隆重が止める間も無く、通隆は助走をつけたまま隣の船に飛び移ろうと舳先を蹴る。
鎧を身につけず身軽なためか、小柄な通隆は軽々と宙に飛び上がった。
「後は任せる! 副将殿!」
通隆は木刀一振りで二本の矢を叩き落としながら船に着地。その衝撃で沈み込み、波と浮き上がる船の勢いで、八双飛びよろしくさらにまた奥の船に飛び移った。
「な、なんじゃぁ……」
狐に摘まれた気分で呆然と見送るしかない隆重であったが、たまたま中身が詰まって音の鳴らない蟇目矢が一つ、勢いよく隆重の頭にぶち当たり、悶絶しながら我に返る。
(武吉め……アイツ、何か知っとるな……)
衝撃で視界にばちばちと火花が散った。
しかしおかげで冷静に──武吉の「自由にやらせてみようと思う」の意味を察した隆重は、気を取り直して指示を出す。
「囲め! そして接敵せよッ!」
通隆が何をしたいのか、正確には解らない。が、たぶん、十中八九。
「大将直々の、乗っ取りじゃあッ!」
隆重の声に合わせ、漕ぎ手や家臣たちが「おぉーッ!」と低い声をあげた。
◆◇◆
遠くから聞こえる雄叫びに、通隆──否、義直はニヤリと笑う。
隆重の指示で船は敵側に距離を詰め、義直の為の足場を素早く作った。
「あそこだな……」
敵味方双方共に小早ばかりのなか、小早川側に一隻だけ関船が混じっていた。
「おいッ! 我をあの関船まで連れて行け!」
義直は前方を指差しながら漕ぎ手に命じた。
「大将同士の一騎討ちを狙う!」
「応!」
漕ぎ手たちは慣れた様子で進路を変えて、素早く関船に回り込む。
主人の肉体をわざわざ危険に晒すことは義直の本意ではない。が、しかしその主人の名声や評価を上げることも、忠臣としての務めだ。
ましてや、主人の名を義直が貶めることなど、あってはならぬ。
── 怖かったよなぁ! さぞ痛かっただろうに! ──
しかし、何故か脳裏に先日言われた武吉の言葉がチラチラと過ぎった。
怖くはない。怖いわけがない。
むしろ命をかけて主人を守れたことは、義直にとっては誉以外の何物でもない。
──なのに。
(ああ、いかん。集中せねば)
義直は鉤縄を振り回して関船にひっかけた。
船に伝わる波の上下の間隔に合わせ、船の舳先を蹴り上げ、義直はその縄を伝って関船をよじ登る。
しかし。
(しまった……罠かッ!)
今思えば、異様に悪目立ちする動きの悪い関船。
いとも簡単に乗っ取り成功できてしまったことに、少し警戒するべきだったと義直が後悔しても後の祭り。
関船は無人で、大将どころか漕ぎ手一人見当たらなかった。
演習故に、船に火薬が仕込まれ爆発沈没──といった危険はさすがにないだろうが、何かしらの罠であることは間違い無いだろう。
義直は慌てて周囲を見渡す。
関船を囲むよう、小早川、能島双方の小早が入り乱れて乱戦状態になってはいるのだが──ふと、一人の男がじっと関船をみていることに義直は気がついた。
はて。初対面のはずなのだがこの男、どこかで、見覚えがあるような──。
大柄な武吉よりもさらに一回り大きなその男は、静かに右手をあげて義直に向かって手招きをしている。
「……上等だ」
真意は未だ不明ではあるが、妙な罠にかかってしまった以上既に小早川の掌の上。
今更義直がどう動こうと、不利な状況に変わりはない。
故に。
「精一杯、足掻いてやろうではないかッ!」
義直は再度船から飛び降りた。突然降ってきた義直とその衝撃で船が上下に揺れて、数人の人間が海に放り出される。
義直は先程同様、別の船に飛び移りながら、男の乗る小早を目指した。




