第二十二話 天文二十四年四月十三日 小早川水軍 VS 能島水軍
「いやぁ……どうしたんです? その満身創痍は……」
厳島での骨折から約一月。なのに、まるで変化がないどころか何をやらかしたのやら──あの時見た姿よりもさらに大怪我をしている様子の武吉を見て、因島の吉充が呆れ、来島の義継も絶句する。
隆景もその美しい顔に、なんともいえない苦笑を浮かべた。
「まぁ、ちょっとな……そうッ! 色々あったんだよッ!」
通隆──いや、義直とのアレコレを特に言うつもりのない武吉は「そんなことより!」と話題をそらせるように海を見た。
後世「うさぎ島」として有名になった大久野島は、隆景配下である乃美宗勝の居城である賀儀城の真向かいに位置し、乃美氏子飼いの大崎衆拠点である南西の大崎上島、小早川家庶流の生口氏のお膝元の東の生口島、三島水軍総本家である南の大三島に囲まれた、とても小さな島である。
そんな大久野島で密かに合流した四人は、島の南西側にある岬に急いで向かった。
「おっ! やってんなァ!」
吉充の言葉につられて、武吉も身を乗り出すように飛び出した。
突き出た岬の先に広がる広い海に、複数の陣太鼓を勇ましく轟かせながら数十隻の船が右へ左へと動いている。
そのほとんどが小早であるため、いつぞやの宮島の安宅船の時のような圧迫感には欠けるかもしれないが、小早独特の素早い動きは、展開の読めない緊張感というか、別の迫力があった。
「我が小早川水軍の大将は乃美兵部丞宗勝、副将は生口孫三郎景守です。本気で挑ませていただきますね」
にっこりと微笑む隆景に、武吉は「おう!」と深く頷く。
「相手にとって不足なし! ウチの副将は村上隆重。大将は……」
ニンマリと笑い、武吉は含みを持たせながらゆっくりと口を開いた。
「村上通隆。および義直!」
「はぁッ?」
聞いてないですけどッ! 掴みかからん勢いで義継が武吉に怒鳴る。
「いや、しょうがねーだろ。本当は能島大将の俺が直々に出なきゃならなかったんだけど、俺、ご覧の有様だしよぉ」
「しかし! 通隆様は来島の一門ですッ!」
ガクガク揺すってくる義継に、武吉は「この怪我を見て!」とばかりに猛アピールした。
「ホラ、通隆のヤツも代理、喜んで引き受けてくれたし、まぁ来島の次期大将のお手並み拝見いたしましょうや!」
「お手並み拝見もいいけどよぉ! 俺たちもやることがあるの、忘れるなよそこ!」
睨む義継と揶揄う武吉に、珍しく吉充が正論で二人を諌めた。
「おう! わかってるって」
吉充を笑いながら軽くあしらって、武吉は再度海を見つめる。
(現状一番心配してるのは、実は叔父上の方なんだよなぁ)
皆に気づかれないよう、武吉は小さくため息を吐いた。
◆◇◆
時は四月九日の──義直に殴られ、花と対話した翌朝に遡る。
「何の用じゃ……って、どうしたお前!」
誰にやられたッ! 食事を絶って地下牢に引きこもっていた隆重であったが、義直にボコボコに殴られた武吉を見た途端、慌てて駆け寄ろうと立ち上がったが、よろけてそのまま地面に倒れた。
「あーもう、このくらい平気だ叔父上」
苦笑を浮かべながら武吉は答えた。
これまで妻子の言葉すら全く聴き入れようとしなかった叔父が、自分の怪我一つでこのような反応を見せるとは。
これも怪我の功名だと、義直には感謝しなければと武吉は思った。
「叔父上。牢から出ろ。引きこもってる場合じゃない」
武吉の言葉を訝しむよう──しかし、怪我を負った武吉を見て一瞬でも狼狽えた自覚を持っているのか、これまでのようには即答できず、無言で隆重は武吉の言葉を待った。
「今回の件について、頭領としての下知を言い渡す。叔父上には今後、太郎の教育係に任ずる。やつを、次期頭領として育ててほしい」
まず手始めの目標として、太郎を泳げるようにしてくれや。
ニンマリ楽しそうに笑う甥に、隆重は何を言われたのか理解できず、思わず絶句。
「………………はぁ?」
なんとか言葉を発したが、そう言うのがやっとであった。
武吉は隆重に反論の余地を与えず、早口に捲し立てる。
「あぁ、もちろんちゃんと考えぬいた上で決めた罰だぞ。今の叔父上の頭では、たぶん理解できねーだろうけど」
義益を殺した隆重が、義益の血を引く太郎を、次期能島頭領として育てること。
──泳げる子になってほしいと願った義益の希望を、隆重が叶えること。
太郎の本当の父親のことを、武吉は懇切丁寧に隆重に教えてやるつもりはない。だから困惑する隆重が、武吉の真意を知ることもないだろう。
けれど、これ以上隆重に相応しい罰はない。
「それともう一つ。四日後の十三日に、小早川と海戦……と言っても実のところ模擬戦なんだが、俺直々に出陣するつもりだったのにご覧の通りで指揮ができねぇ。だから大将代理の通隆を、副将として補佐してやってほしい」
そっちもかなりキツいかも知れねーけど。
武吉の合図で、三人の家臣たちが牢に入ってきた。
「そんなわけで、とにかくとっとと牢から出ろ! んでもって今から飯食って体調戻せ!」
模擬戦とはいえ、負けたら承知しねーからなッ! そう言うと武吉は隆重に有無を言わせず、尻を叩くように牢から叩き出した。
◆◇◆
「海戦の場所は大久野島南西海域。模擬戦であることを知らない三島水軍と大崎衆の目前で、あえて派手にドンパチしてやろうって算段だ」
四月十二日。海戦出発前日のこと。
隆重と通隆の二人を自室に呼び出し、今回の模擬戦についてと説明する武吉に、おずおずと手をあげて通隆が質問した。
「あの……大崎衆って、小早川水軍の一派では?」
「おぉ! よく知ってるな!」
武吉は嬉しそうに通隆を褒める。
地下牢に閉じ込められ、能島に連れて来られてすぐの何も知らなかった彼を思うと、随分と成長したなと隆重から見ても少し感慨深い。
「大崎衆は小早川水軍配下である乃美宗勝に従う子飼い……毛利からすると孫飼いの海賊衆だが、今回はあらかじめ小早川水軍側が「手出し無用」と断りを入れたらしい」
今回は、能島と小早川が敵対しているという噂を流す側に回ってもらう。と武吉はきっぱりといいきった。
子飼いの口から小早川と能島が敵対している話があがれば、その話の信憑性は増すだろう──本当は双方が内々に繋がっていることを、噂を流す当人が知らなければ尚更に。
さらに大山祇神社の神職お抱えの三島水軍に関しては、独立した別勢力である。加えて神に使える者たちでもあるので、周囲の信用度はピカイチだ。
「続けるぞ。船は軽微損傷くらいまでならいいが、沈めたり航行不能なまで壊した場合は、壊した側が弁償。矢は鏃や雁股を外した殺傷能力の無い鏑矢、蟇目矢、神頭矢のみ。刀は木刀……とまぁつまり」
「殺してはならぬ……か」
隆重の言葉に、武吉は「その通り」と頷いた。
「防具の装着は各々に任せる。いくら演習で殺傷能力はなくとも、当たりどころが悪けりゃ大怪我をするだろうし、かといって海に落ちた時に重い鎧で溺れることもある」
とりあえず、決まったのはこのくらいだ──と言ったところで、すぐに「いや……」と武吉は否定した。
「そうそう、もう一つ大切なことがあったわ」
と続けた武吉の言葉に、通隆と隆重は「そんなの、聞いたことがない」と言いたげに絶句をした。




