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第二十一話 花の矜持

「コレでよしッ!」


 バシンと一発、応急処置を終えた花に背中を叩かれ、武吉は「痛えッ!」と悲鳴をあげた。


「悲鳴をあげたい気分なのはこちらです! なんです! あのめちゃくちゃな部屋はッ! それにその大怪我はッ!」


 怒る花に、武吉はただひたすらに「すみませんでした」と何度も頭を下げた。


 義益が亡くなって以降、花は何かと酒の量が増えて自室に引きこもることが増えた武吉のことが気になって、時々武吉の様子をそっと見に行っていた。


 しかし、今日は戸板が破れているのを見つけ、慌てて室内を覗き込むと、めちゃくちゃになった部屋の中で、通隆と血まみれの武吉が二人、意識の無い状態で倒れているのを発見してしまった。


 当然のことながら家臣総出の大騒ぎとなったことは言うまでもなく、武吉は花から治療を受けつつ、動けないことを逆手に取られて事情聴取と称してあれやこれやと花に問い詰められている状況である。


 家臣を隣の伯方島まで件の医者を呼びに行かせたが、到着までもう少しかかるだろう。


 とりあえず武吉は「家臣たちには内密に」と条件をつけた上で、通隆の中に眠る義直のことを花に打ち明けた。


「それにしても、義直(次郎兵衛)とは、懐かしい名ですこと」


「面識あったのか?」


 武吉の問いに、花は「もちろん」と頷く。


「来島一門(ウチ)の、義継(助右衛門尉)の弟でしょう? 子供の頃は通隆(太兵衛)と一緒になって悪戯ばかりするものだから、しょっちゅうあの子たちの頭に拳骨(ゲンコツ)たたき落としてましたわ」


 その時分の様子を思い出してか、ぶんぶんと腕と肩を回しながら、その彼らをとっちめる花の状況がありありと想像できて、思わず武吉は苦笑いを浮かべた。


 しかし、その花は直ぐに眉間にシワを寄せ、黙り込んでしまった。


「どうした?」


「いえ、ちょっと変だなと思いまして……」


 武吉の問いに、花は答えた。


 ただ、彼女は自分の頭の中の考えを、うまく言語化できないようで、何だか釈然としないような、そんな表情を浮かべていた。


「義継は、あれは義直ではない。あり得ないと頑なに言っていたな……なんでも、生前の義直(次郎兵衛)はあんなに強くなかったとか、性格が違いすぎるとか……」


 武吉がぽつりと、先日の義継に告げられたことを呟いた。


 すると花は、ハッと顔を上げて武吉に答えた。


「それです! そう、逆なのですわ!」


「逆?」


 何が? 武吉の問いに、花はますます確信を得たように頷く。


「その……件の通隆(太兵衛)を地下牢に押し込めていた件です! あの時は私(わたくし)も見て見ぬフリをしてましたので、あまり褒められたものではないですけれど……」


 初めて通隆と出会った、あの地下牢の話。


 突然の話の飛びように、今度は武吉が眉を顰めた。


 花は「まぁ、話は最後まで聴いてくださいまし!」と武吉を叱る。


「幼い頃の通隆(太兵衛)は、そりゃあもう、やんちゃで活発で、私(わたくし)も随分と手を焼かされましたけれど、二年……いえ、三年前の伊予の戦(いくさ)以降、通隆(太兵衛)があの地下牢に閉じ込められるようになって、随分とまぁ、大人しくなったと思ったのです。そう、人(・)が(・)変(・)わ(・)っ(・)た(・)よ(・)う(・)に(・)!」



 ── あの頃の牛丸殿は大変活発ないたずらっ子で、年上の私や吉充(又三郎)殿を随分振り回して……宗勝(兵部丞)なぞ、船の上から海に蹴り落とされて水浸しになりましたから──



 そういえば、厳島で隆景もそんなことを言っていたなぁと武吉は思い出す。


 てっきり乳兄弟(義直)の戦死や外部との接触を極力絶たれたことによる、精神的なもののせいだと思っていましたが──と、花は過去を思い出し、悔やみながら、そのまま説明を続けた。


「確かに生前の義直(次郎兵衛)も少しお調子者なところはありましたが、基本的には大人しい性格でして、通隆(太兵衛)の無理に付き合って、ちょこちょこ後ろをついてまわっていたのは義直(次郎兵衛)の方でしたわ」


 つまり──。武吉は妻の言いたいことを察して、目を見開く。


 花は大体武吉が思ったことと、同等の言葉を口にした。


「どうして今の通隆が互いに逆の性格で名を名乗り合っているのかまでは私には解りませんし、確証もない。けれど、あれは義直(次郎兵衛)の怨霊なんかではなく通隆(太兵衛)本人であり、普段の大人しい通隆(太兵衛)こそが、本来の通隆(太兵衛)から生み出された別の人格(モノ)だ。と、二人を知っている姉として私は思いますわ」



  ◆◇◆



 武吉は花と二人で通隆の様子を見に行く。しかし自室に運ばれた彼はまだ目覚めず、いまだ眠ったままであった。


 もっとも厳島では、気を失った通隆が目覚めたのは翌日の昼近くのことであり──入れ替わりは大変体に負荷がかかるものなのかもしれないと考慮して、二人はそのまま通隆を眠らせることにし、彼の部屋を後にする。


 花に支えられながら歩く武吉だったが、ふと花に話しかけた。


「通隆(太兵衛)と義直(次郎兵衛)のことだけどよ……しばらく、現状維持で対応してくれねぇか?」


 武吉の言葉に、どういう意味かと花が首を傾げる。


「お前もさっき自分で確証ないって言ってただろ? 憶測だけで、こっちからどうこう言うのもなんか変は話だし、とりあえずは今まで通りでいいんじゃねーかなぁってな」


 武吉の言葉に「それもそうですわね」と花も同意した。


 花の肩を借りながら、武吉は自分の部屋に向かう。破れた戸板は外されたままだが、有難いことに大体部屋は片付いていた。


 そこに座りこみ白湯を一杯飲もうと花に頼みこんだ。


「ねぇ、話は変わるけれど、こちらも一つ、いいかしら?」


 椀を手渡す花の言葉に、受け取った白湯を飲みながら武吉は「なんだ?」と問いかける。


「太郎ちゃんの父親って、もしかして……義益兄様?」


 不意打ちでとんでもない問いかけを耳にして、武吉は口に含んだ白湯を盛大に吹き出し、ゴホゴホと咳き込んでしまった。


 一応、武吉はなんとか無言は保ちつつ──しかし冷静になってみると「あ、コレもしかして自分からバラしてしまったヤツでは?」とダラダラと冷や汗をかきはじめる。


 無言を通してはいるが、その胡散臭そうな動揺した武吉の様子を見て、花はナルホド──と確信したように納得する。


「いや、ちょっと、納得しないで……なんでそう思ったんです花さん?」


 狼狽える武吉に、花はきっぱりあっさりと説明した。


「この間貴方が中途島と伯方島から帰ってきた日に、太郎ちゃんが「父上が知らないおじちゃんの顔を、忘れてもいいから、しっかり見てくれと言っていたから不思議に思った」と教えてくれましたので、もしかして……と」



 ──今日のこと、忘(・)れ(・)て(・)も(・)い(・)い(・)か(・)ら(・)。この人の顔を、どうかしっかり、よく見ておくれ──



 はい。確かに自分は言いました! 言いましたけど!


 まさか太郎本人から暴露されていたとは思わず、バツが悪そうに武吉はつぶやく。


「……お前、ちゃんと太郎に信頼されてんだな」


「はい。私、太郎ちゃんの母(・)親(・)ですので」


 武吉の言葉に、花はにっこりと誇らしそうに笑い、そして──。


「私、梅姉様(実の姉)とも義益兄様(その伴侶)とも、貴方より付き合いは長いつもりです」


 僭越ながら──と、花は続ける。


「貴方がもし、姉と義兄(あの二人)のことを慮(おもんばか)った上で、太郎ちゃんの家督に拘り、私を形(・)だ(・)け(・)の(・)妻(・)に留め置いているのであれば……」


 突然、花が武吉の胸ぐらを掴みあげた。


「舐めないでいただきたい!」


 花の勢いと剣幕に、武吉は目を見開く。


「私だって姉と義兄は大切な人たちですし、太郎ちゃんは私の大切な息子です! 太郎ちゃんの立場を悪くする者を、私が許すはずがないでしょう?」


 私のことを、少しでも妻だと思っているのなら──武吉の胸ぐらを掴んだままの花の目から、ポロリと涙が一粒こぼれ落ちた。


「少しは、私に頼りなさいよッ!」


「は、はい……」


 気圧されて、思わず武吉は即答した。


 最初の妻(花の姉)はおとなしく、凛とした静かな大人の女性だった。


 対して後から嫁いできた花は、武吉よりほんの少し年上で、喜怒哀楽のハッキリしたコロコロ表情の変わる明るい娘で──。


(あぁ、やっぱり好きだ……)


 武吉は感情を抑えきれず、思わず花を抱きしめたが、驚いた花に何をするのかと怒りの頭突きを一発お見舞いされてしまった。

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