断章(後) 天文二十四年四月一日 隆重の復讐
村上隆重は、能島村上家頭領村上隆勝の三男として生まれた。
母親は京で生まれた娘で、京に遠征した父と知り合い、請われて能島村上家にやってきたのだが、伯方島にある本城には既に父の正妻と長男が住んでいた。
故に本城から離れた能島で隆重は生まれ成長したが、しかしわずか七歳で父を失い、その父の死から彼の生活は一変する。
父の正妻は妾であった母を憎み、父が亡くなるとすぐに母を能島から追い出した。
子を奪われた上で追い出されたその母は、各地を転々とした後、最終的には肥前の国の土豪の元に落ち着いたため、後に武吉を肥前に避難させる足掛かりとなってくれたのは別の話である。
また父の正妻は、十を僅かに過ぎたばかりの幼い姉を早々に嫁に出し、政略婚の駒とした。
残された義忠と隆重の二人は、能島から伯方島に呼び寄せられ、異母兄である義雅に忠誠を誓わされる。
以降、名実ともに弟ではなく家臣の扱いをされることとなったが、それは外聞の良い建前で、実際の扱いは下男にも等しいものであった。
また、義雅は気分屋なところがあり、気に入らないことがあればすぐに幼く弱い隆重を呼び出しては八つ当たりにも等しい激しい折檻を行った。
同母の義忠はいつも隆重を助けて匿ってくれたが、今も隆重の背中には、義雅が戯れに鞭で打ち、抉れたその時の傷がいくつも残っている。
そんな生活が数年続いたある時、義忠と隆重の元に、父の直属の家臣を名乗る者が集ってきた。
曰く、義雅とその母の、目に余る傲慢な振る舞いが許せぬと。
曰く、父が真に愛したのは母であり、あの二人は嫉妬に狂い、隆重たちに対して不遇な扱いをしていると。
曰く、父を毒殺したのは、義雅とその母であると。
耳障りの良い、よく出来た胡散臭い話ではあったが、父が生きていた頃はこんな目に遭うことはなかったし、実際に義忠が挙兵すると、その元に半数以上の家臣がついてきたので、義雅の人望がないところなどは完全な作り話ではなかったのだろうが──。
はたして。
義忠は大内の支援を受け、また義雅は来島と河野の支援を受けての大きな内乱に発展し、隆重はもちろん義忠側について戦おうとした。
しかし。
「隆重。戦はひとまず兄ちゃんに任せとけ。お前はまだ小さいし……そうだ! 後方支援してくれると兄ちゃんとっても助かるな!」
思うところはあったのだが、義忠にそう言われてしまうと、隆重も反論できない。
しかし、現実は兄の言うことももっともで、戦場だけが戦ではなかった。
金はかかるし兵糧の手配も必要で、支援をしてくれる大内への外交の日程調整や貢物の手配なども必要であった。
最初は兄の役にたてることが嬉しかったのだが、次第にその仕事自体が楽しくなってきた。最初は胡散臭げでまったく相手にしてもらえなかった商人からも、だんだん『信用』を得ることができ、時々変わったものや、珍しいものを手に入れることもできるようになってきた。
隆重が十三になった時、義忠に息子が産まれた。言わずと知れた後の武吉だ。
甥は義雅の息子──後の義益が既に居たが、自分と歳が近いにも関わらず、この時はあまり接点が無かった。
「すまんな隆重。子守りまで頼んじまって」
乳母がいるのにわざわざ自分のところに赤子を連れてくる義忠。
そこまで俺を戦に連れて行きたくないのか……と色んな意味で兄の恩情を感じて、隆重は半分諦めの境地で──残り半分はもはや運命だと思って、赤子の武吉を背負いながら、後方支援に勤しんだ。
そんなある日、隆重は商人からあるものを手に入れる。
否、正規の商品に紛れていた。と言った方が正しい。
「……毒?」
持ち込んでしまった商人が、大変なことをしてしまったと平伏する。持ち込まれた野菜の──芹の中に、一部毒芹が混ざっていたというのだ。
一見するとよく似た葉だが、地下茎の有無で判別は可能。
しかし、その地下茎さえとってしまえば──。
──父を毒殺したのは、義雅とその母である──。
かつて、兄に挙兵をけしかけた者の言葉が隆重の脳裏をよぎる。
今でも真偽不明であり、父が本当に毒殺されたのか隆重も判断がつかないが、背負った赤子の下にある古傷が、少し疼いた気がした。
隆重は荷を没収し、毒芹の地下茎を丁寧に取り除いた後、別の商人を買収し、その荷をそのまま伯方島の本城に送りつけた。
かくして。
数日後、能島村上家頭領、村上義雅をはじめ同じ料理を口にした一族数名が、急な食あたりで一度に亡くなったという知らせが能島に舞い込み、内乱は一時休戦となる。
生き残った義雅の息子は病弱な上にまだ元服前であることから、頭領は暫定的に義忠が継ぐことになった。
ようやく自分たちに害なす人間がいなくなり、義忠兄上の時代が来た──晴れやかな気分の隆重とは対照的に、義忠の顔色がやや影っていたことにこの時気付けなかったのが、今でも隆重は悔やまれる。
義忠は「もしもの時のために」と、幼い息子を、この頃肥前に落ち着いたと連絡があった母の元に預けることを決めた。
ここまで用心深くなる必要があるのかと、心配性な兄を笑い飛ばした隆重だったが、後に自分が浅はかであったと痛感することとなる。
義忠は伯方島の本城に迎え入れられ、正式に能島の頭領となったが、一部の血筋にこだわる家臣たちは、義忠を認めようとはせず、前頭領の義雅の息子、義益を旗頭に中途島に逃れ、そこを拠点に抵抗するようになった。
しかし、多勢に無勢。
中途衆は次第に追い詰められるようになり、数年後、とうとう「義忠の軍門に降る」と白旗付きで打診をしてきた。
──だが。
その調停の場で、義忠は命を落とすことになる。
「互いに丸腰で」との約束を反故にし、調停の場に短刀を隠し持っていた卑怯な義益に、心臓を突き刺されて。
隆重もその場にいながら、兄を守ることができなかった。
その上、その時は兄の骸を抱えて逃げるのが精一杯で──「兄とは違い、貴様に頭領の器は無い!」といった隆重を煽る義益の高笑いが、隆重の耳にこびりついて離れない。
故に、隆重は心を決めた。
父を殺した義雅の血を引くお前を。
義忠を殺したお前を。
いつかこの手で、殺してやると。
そして能島の内乱は、泥沼の第二幕があがる。
義忠の息子の武吉が、頭領として立つその時まで。
◆◇◆
天文二十四年四月一日。
「そこが、貴方が頭領になれない所以ですよ」
兄が殺された時を彷彿とさせる言葉を放ち、義益は鼻で隆重を嗤う。
その言葉は、隆重を激昂させるには十分だった。
「我が父上の……そして兄上の仇! ここで討たせてもらうッ!」
覚悟せいやッ! 隆重は大きく振りかぶって刃を振り下ろして義益を斬りつける。
刃は浅く入ったが、それでも淡い色だった着物が真っ赤に染まるのは十分であった。
隆重は義益に覆い被さり、言葉にならない叫び声をあげながら、義益の左胸を何度も何度も執拗に突き刺した。
隆重の叫び声はいつしか慟哭となり、ボロボロと泣き喚きながら隆重は右腕を振り下ろす。
相手の呼吸が止まっても。
その目の光が、消えて濁っても。
何度も何度も何度も何度も。
突き刺すたびに血が隆重に飛び散って溢れたが、しかし次第にその量は減っていって──。
最後は隆重の持つ刀がその力に耐えきれず、根本からぼきりと折れた。




