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第二話 海神の呪い子

 崖から転落した通隆(みちたか)を追い、撃たれる危険を考えることなく武吉(たけよし)はそのまま飛び出した。


 出口から一間(約一・八メートル)先は崖になっていて、武吉は迷いなくそのまま通隆を追って海に飛び込む。


 一瞬ではあったが、そのまま二丈(六メートル)ほどの高さを飛び降りて着水。


 冷たい水に一瞬意識が飛びかけたが、それでも海水中に伸びる赤い()を追って、通隆の姿を探した。


 負傷具合は不明だが流れ出る血の量は多く、また手足の重たい鎖の拘束もあって、あまり時間はかけられない。


(あそこか……)


 水底に向かって沈む通隆の姿を見つけ、武吉は急いで潜る。気を失っているのか特に抵抗されることもなく、武吉は水面を目指した。


義継(よしつぐ)ッ!」


 水面に出るや否や、武吉は崖上にいるであろう村上義継に叫んだ。しかし彼の姿は見えず、代わりに何者かと口論をしているような声が崖下まで響いてくる。


 鎖や水を吸った衣が重く纏わりつき、武吉はどうするべきか考える。そんな時だった。


「てっきり不手際をやらかして、来島(くるしま)の殿に蹴り落とされたのかと思いきや……なにやらお取り込み中ですかな? 能島(のしま)殿!」


「お前! 因島の吉充(又三郎)!」


 近づいてきた小舟の先に立ちつつ、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべつつ、同時に武吉を見下ろしてきたのは、因島村上家の頭領、村上吉充(よしみつ)であった。



  ◆◇◆



 吉充の船に引き上げられ、武吉は通隆の応急処置を行う。


「なにやら物々しい様子ですけど……本当に通隆殿(来島殿のご嫡男)ですか? コレ」


「……お前、通隆に会ったことは?」


 興味津々で覗き込む吉充に、止血をおこないながらじっとりと武吉は睨んだ。


「十年くらい前ですかねぇ……自分の元服前にはよく。乃美宗勝殿(義兄上)小早川(こばやかわ)隆景(又四郎)殿を交えて」


「……どうせ肥前で育った俺だけ、なにも知りませんよーだ」


 別に拗ねてはいない。拗ねては。と武吉は首をブンブンと横に振る。


 ところで。


「此処には、何しに?」


 声を(ひそ)めて武吉は吉充に問いかける。


 吉充は真顔になり、同じく小声で武吉に答えた。


「通康殿が身罷(みまか)られたとの内々の連絡が。因島村上頭領として参った次第」


 貴殿もそうであろう? 吉充の無言の問いかけに、武吉はこくりと頷いた。


「しかし……このまま通隆殿(この者)を来島に連れてっていいものか……」


 吉充は眉間に皺を寄せる。


 先ほどは武吉相手に軽口を叩いたものの、実際は船の上から状況は丸見えだった。


 銃声が響き渡り、驚いた吉充が向けた視線の先──硝煙が上った場所は、来島城の敷地内であった。



  ◆◇◆



「……で、どうしてその流れから物理的に方向転換してウチに来るんですか。貴方(あなた)たちは」


 阿呆ですか! と嫌そうに自分と吉充を睨む男の表情に、武吉は逆に安堵する。


 日に焼けた自分とは真反対の、色白の貴公子といった容貌の男。


 髪は結わずに身につけているのは寝衣のままだが、以前会った時に比べて、顔色はそんなに悪くなさそうだった。


「なんで罵倒されてそこで笑うんですか」


 男がドン引く。


「え? 何? お前、なんか変な趣味だな」


 吉充も同調した。


 別に笑ったつもりはなかったのだが、口元が緩んでいたらしい武吉は、慌てて二人に否定した。


「違うわッ! 従兄(イトコ)殿が元気そうでよかったなーと思っただけだッ! あと来島(あそこ)から能島(ウチ)帰るより中途島(こっち)の方が近かったし、この屋敷に来れば確実に医者が居ると判っていたから……」


 その医者に重症の通隆を預け、屋敷の主人──武吉の八歳年上の従兄、村上(むらかみ)義益(よします)は、頭を抱えて大きなため息を吐いた。


「私、一応世間的な立場としては、貴方に負けて家督を奪われ、()()されてる身なんですけれどねぇ?」


 義益の眉間に、深々と皺が刻まれる。


「そんな相手に来島殿が溺死したとか御嫡男が撃たれたとか、なんでそんな重要な(情報)をあっさりペラペラ喋るんですか」


 しかし義益の嫌味を込めたダメ出しを理解し(わかっ)ていないらしい武吉は首をかしげるばかりで、義益はさらに頭を抱えた。


 そもそも小さな能島の家督争いは、約四十年前に起こった京の都の将軍様の権力争いに端を発している。


 近隣の大大名、大内氏に付き従って京に上った武吉らの祖父隆勝(たかかつ)は、在京の折、一人の女性を妾にした。


 その女性との間に生まれた武吉の父をはじめとした四人の子と、島に残っていた正妻との間に生まれていた義益の父との兄弟関係は元々あまり良いものではなかったのだが、隆勝の後継者をどちらにするかといった話がちらほら上がってきはじめた頃に突然隆勝が暗殺され、程なく義益の父も若くして亡くなってしまう。


 相次ぐ父と兄の死から自分と幼い武吉の身を案じた武吉の父は、肥前に住まう旧知の菊池氏に武吉を預けたものの、彼もまたやはり間も無く亡くなってしまった。


 残されたのは、それぞれの息子たち。


 嫡出の血筋ながら生まれつき病弱な義益と、健康で活発ながら当時は幼すぎた武吉。


 担ぎ上げられる側の気持ちなどお構いなしに、近しい親族や家臣たちは真っ二つに別れて争った。


「そんな政敵のところに、気軽にホイホイ訪ねてこないでくださいよ……」


「政敵って言ってもよぉ。何度も言うが俺自身はそういう感情、従兄殿に対してはかなり薄いんだよなぁ」


 義益の言葉に、武吉は唇を尖らせる。


 最終的には武吉派が優勢になったところで大内氏の命令(横槍)で、本来義益側であった来島(通康)が双方の仲裁に入り、武吉は肥前から連れ戻され、能島村上家当主として迎え入れられた。


 つまり当事者であるにも関わらず、武吉が能島に帰ってきた時には、ほぼ全てが終わっていたのだ。


「そういえば従兄殿。アイツとの面識は?」


 アイツとは、もちろん通隆のこと。


「もちろんありますよ。……もっとも、虚弱体質のこの身のせいで、数度顔を合わせた事がある程度ですけれど」


 ただ──そう言うと、義益はやや言葉を濁す。


 どう言っていいものか悩みつつ、慎重に口を開いた。


「彼について、来島殿が妙なことを言っていました。彼は海神大山祇(オオヤマヅミ)の呪い子にて、戦神素戔嗚(スサノオ)の祝い子である……と」


「はぁ?」


 なんだそりゃ──武吉は胡乱げな声を上げたが、間も無く義益が酷く咳き込みだし、控えていた医者が駆け込んできたため、この話はここで中断となった。



  ◆◇◆



「ひとまず、どうしたものですかねぇ?」


 義益を休ませて庭に出た武吉と吉充は、今後のことについて頭を抱えた。


「自分としては、因島代表として来島殿の弔問にまだ伺えてないので、来島に向かいたいところですが」


「あー……そうだなー。俺も()を来島に置いてきたままだわ」


 とはいうものの、負傷した通隆を今すぐに動かすのは少々憚られる状況ではある。


 医者の話では幸い弾の摘出はできたとのことだが、傷は深く出血が続き、高熱が出始めているとのこと。


 また理由は不明だが、通隆の命を狙った人間があの島にいることは間違いない。そうなると通康の溺死も、事故だったのか人為的なものなのかわからなくなってくる。


「……まぁ、うだうだ考えててもしょうがないわな」


 武吉は重い腰を上げた。


「アイツは此処に預けて、俺も来島に行くわ。ついでに乗せてってくれ」


「……まぁ、そういうことになるでしょうねぇ」


 吉充は小さくため息を吐いた。

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