第十五話 武吉の選択
──あの時。
実際武吉がどのくらい気を失っていたのかはわからない。
武吉が気がついた時はだいぶ日が傾いていて、通隆も同じように気を失って倒れていた。
打ちつけた衝撃で左腕を折ったらしく激痛が走ったが、今はそれどころではないと通隆に駆け寄る。
気を失った通隆を、折れた腕ではうまく抱き抱えることができず、引きずるように右肩で支え、移動しようと試みていたところ、宮ノ尾城の人間に見つけてもらい保護してもらった。
そして一晩泊めてもらい──。
◆◇◆
で、現在に至る。
(なぁんでこんなところでウワサの毛利三兄弟が勢揃いしてんだよ)
あれからくだんの次男と義弟も城に到着。気がつけば四人に囲まれて項羽も真っ青の四面楚歌。一人戦々恐々の武吉であった。
一応虞美人よろしく通隆が武吉の後ろにくっついているが、知らない人間に囲まれて恐怖が最高潮に達しているらしくその震えがこっちまで伝わってきて、なんだか巻き込んでしまったのかなぁと思うと申し訳ない気になってしまう。
(よくよく考えたら来島は毛利と同盟結んでるわけなんだから、本当は通隆はこんな目に合わなくてもいいはずなんだよな……)
やっぱり巻き込んでごめんな──と武吉は肩を落とした。
「えっと、そろそろいいかな」
隆元が遠慮がちに口を開く。
「先程いなかった者もいるから重複する内容もあるんだけど……武吉殿。貴殿は大内に与しているわけではなく、中立という立場でよろしいですか?」
自分もあまり頭領らしくないとは言われるが、隆元も相当変わっているというか、頭領なのに随分と腰が低いなぁと武吉は思った。
「そうだな、陶の反乱以降だと、去年の六月頃に一度、『安芸・備後の水軍回りの情報を報告してくれ』と依頼があって報告してからは、特に接点ねーなぁ」
ウチの叔父上に至っては、名指しの厳島出禁事件でめちゃくちゃ怒ってるし。ということはさすがに恥ずかしいから本人の名誉のために黙っておく。
正直に話す武吉に対し「本当に……?」と胡散臭そうに宍戸隆家が睨んでくる。
「それでは、この島には何用で?」
「交易……ってか買い物だよ。ちょっと怪我して動けない来島殿から依頼されてな。毛利から嫁いだ来島のお方様に、贈り物したいからなんか代わりに買ってこいって」
買う前に大内が攻めてきたから、それどころじゃなくなっちまったけど。
武吉の言葉に、「なんと!」と隆家が嬉しそうな声をあげ、両手を握ってくる。
「それはそれは。栄のためにわざわざかたじけない」
「は、はあ……?」
ピンときてない武吉に、隆景が助け舟をだす。
「お栄の実の父ですよ。隆家殿は」
「あ!」
通隆が驚いて息を呑んだ。
こんなところで、義父と顔を合わせることになるとは──思わず通隆が緊張して固まった。
「ちち……」
しかし、何かを察した武吉に、道隆はすぐに口を塞がれる。
武吉の目が「ややこしくなるから黙ってろ」と訴えており、しゅんと通隆は項垂れた。
「それでは、例えばですけれど、今から毛利に味方せよ……といえば、味方してくれますか?」
隆元の言葉に、まぁそうくるよな──と武吉は頷く。
「それは無理な話だな」
武吉の言葉に空気が張り詰める。が、まぁ聞いてくれや。といった軽口に反して、武吉は改めて居住まいを正す。
「まず第一。俺一人の独断で即答できるような内容の話じゃない。そのニ。来島殿の先約がある」
「来島殿……? 大内じゃなくてか?」
元春の問いに、武吉は頷く。
「さっきも言ったが、大内とはウチも疎遠気味だ。確かに過去の大内には恩があるが、今の大内はその時の大内じゃねぇ」
「来島殿の先約……とは?」
隆景がニコニコと笑いながら問いかける。
コイツ、本当のことを知ってそうなんだが──しかし武吉はこれまで通りの言い訳を貫くことにした。
「実は栄姫との祝言の少し前から来島殿は体調を崩されることが多くなり、来島殿に気弱な嫡男の通隆殿を来島の頭領として相応しくなるように教育せよと仰せつかった。通隆殿は、我が妻の弟ゆえ、兄として引き受けたという訳だ」
ゆえに。武吉は含みを持たせてニンマリと笑う。
「だもんで、たとえばですが来島殿名代のコイツを下で支えて、俺も毛利方として動く……なんて話は十分あり得ますんで、まぁその辺で許してください」
さすがの俺も、来島の船に乗りながらウチの船の指揮とか体二つ無いんで無理です! と、最後は冗談も混ぜながら武吉はケラケラと笑った。
◆◇◆
吉充に能島に連絡をとってもらい、武吉と通隆は迎えに来てもらえるということで話はついた。
毛利方にはひとまず「絶対に大内には味方しない」と約束し、解放してもらった。
そして。
「さー! 迎えがくるまで交易の続きしようぜー!」
能天気な武吉の言葉に、即刻水を差すひと言が飛んでくる。
「戦の直後で、お店出てますかね……」
なんでお前がいるんだ──武吉はしれっとついてきた隆景をじっとり睨む。
「いえ、旧交を温めようかと思いまして」
隆景の言葉に思わず武吉は声に出した。
「はぁ? 何の旧交?」
武吉の疑問に、隆景はもちろん貴方じゃないですよ。と武吉を押しのけて通隆に向かい合う。
「来島殿の祝言の際、武吉殿が言った通りですよ。私が大内に人質に向かう僅かな期間ではありましたけれど、通隆殿……いえ、牛丸殿とは子どもの頃に会ったことがあるのです」
覚えてらっしゃいますか? 武吉の問いに、通隆は申し訳なさそうに首を横に振る。
通隆の反応に、隆景は「責めているわけではないのです」と言いつつも、少し残念そうに肩をおとした。
「あの頃の牛丸殿は大変活発ないたずらっ子で、年上の私や吉充殿を随分振り回して……宗勝なぞ、船の上から海に蹴り落とされて水浸しになりましたから」
武吉の知らない、通隆の過去。
鎖で戒められ、父親に依存して、乳兄弟を失って──お前は封じた記憶の奥底に、そんな無邪気な一面も持ち合わせていたのか。
なんだか腹が立ってきて、武吉は後ろから、動く右腕だけで通隆を抱きしめる。
「いいんだよ! お前はまた、これからたくさん周りにイタズラすりゃいいんだ!」
「まったく、その年でそういうイタズラされるとそれはそれで困るんですけど」
隆景のド正論に、通隆がふきだした。
柔らかくなった表情の通隆の頭を撫でて、隆景は少しかがみ、通隆と目線を合わせてにっこりと微笑む。
「……というわけで、どうぞ私のことは昔のように、徳寿丸の兄者とでもお呼びください」
私も、貴方の力になりましょう。
隆景の申し出に、しかし。
「う、胡散臭い!」
武吉が思わず本音を叫び、ウチの弟に近寄るなとばかりに通隆を力強く抱き寄せた。
「酷いなー。ちゃんと本心なのに」
「そういうところが胡散臭いんだよ!」
微笑を湛えた隆景に、猫のように警戒心むき出しの武吉。
突然、通隆がクスクスと笑いだす。どうした? と武吉は通隆を覗き込んだ。
「二人とも、素敵な兄上ですよ!」
満面の通隆の笑顔に、虚を突かれて兄上二人は撃沈した。




