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第十六話 密談

「おかえりなさいませ。()()()


 新高山城に帰った隆景を出迎えた、一人の少女。


「ただいま。お(つき)。お土産買ってきたよ」


 そう言って、隆景は華やかな赤い花柄の反物を少女に差し出す。


「まぁ、お兄様。何かございましたの?」


 驚く少女の言葉に、隆景はどういう意味かな? と逆に問いかける。


「えっと、お兄様はもっと、柔らかい色合いがお好みかと思ってましたの」


 そう言って、少女はくるりと今身に纏っている着物を隆景に見せるように回った。


 名前の通り、月のような淡い黄色に、白い絞りの小花が散った可愛らしい着物だ。


 隆景は何かを思い出し、クスクスと笑い出す。


 きょとんと見上げる少女に、「実はね」と優しく微笑む。


「これはね、()()が、助言をくれたんだ」


 ──嫁への贈り物? そんなもん、コレ着たところを見てみたいなーってのを基準にして選べば間違いないだろ?


 隆景は、確かにこれまでは自分の好きな色を選んでいた。しかし、彼の話はもっともだと思い、今回少し趣向を変えてみたのだ。


 十三歳の月には少し、大人っぽくて派手かなとは思ったけれど。


「まぁ! お友達ですか! おめでとうございます!」


 今日はお祝いいたしましょう! 喜ぶ少女に、隆景は大袈裟だなと苦笑する。


 しかし。


「だって、私、お兄様のお友達のお話なんて初めてお聞きしましたもの」


 十歳下の隆景の幼妻は、無意識かつ無邪気に隆景の本質(ぼっち)を突いてきた。


 うん、たまには彼女に自分の交友関係や趣味とかの(いろんな)話をしよう。


 そう心に決めた隆景だった。



  ◆◇◆



「痛ってぇッ!」


 頬を抑えながら悲鳴を上げる武吉に、拳をぶち込んだ花が怒鳴った。


「アンタはッ! 遊びに出かけたくせに、なぁに大怪我して帰ってきてるのよッ!」


 至極もっともな花の言葉に、武吉は「申し訳ございませんでした……」とひたすら平伏。


 もっとも、こうは言いながらも、自分が殴ったところを含めてきちんと薬をつけてくれるところはちゃんと優しいんだよなと武吉は思う。


「これはお詫びの品でございます。どうぞお納めください」


 武吉がそういっておずおずと花に差し出したのは、色鮮やかな琉球の反物。


 黄色に白抜きで流水紋が描かれ、赤や青の色で様々な植物が描かれている。


「アンタ、なんだかんだ言っても土産を忘れず持って帰るところとか、モノを選択する趣味はいつも良いのよねぇ」


 ちょっと派手だけど──と言いつつも、なかなか花もまんざらではないらしい。


 ちなみに、袖のない猩猩緋の(真っ赤な)羅紗製(南蛮の毛織物)の生地に、黒で丸に上文字の家紋が背中に大きく一つだけ描かれ、金の丸襟と金の袖縁取り(プリーツフリル)がついた大変可愛いもといセンスの良い陣羽織が、武吉愛用の品として現代まで伝わっている。


 閑話休題。


「ところで花、帰ってきて早々すまんが、ちょっと数日出かけるんで、太郎と通隆(太兵衛)のこと頼むわ。特に通隆(太兵衛)はまたしばらく例の悪夢にうなされるかもしれないから、気をつけて」


「またですか。今度は一体、どちらへです?」


 武吉は花を呼び寄せて、彼女の耳元で囁く。


中途(なかと)島の従兄弟殿のところへ」


「……わかりました。隆重(叔父上)様に気取られぬよう、とっとといってらっしゃいまし!」


 呆れながらも「お気をつけて」と花は夫を見送った。


 

  ◆◇◆



「だーかーらー、なんで皆違和感なく此処に集まるんですか……」


 幽閉の定義とは一体──と、中途島の義益(よします)が、頭を抱えた。


「いやー、前に相談乗ってくれるって言ってたし、此処、意外と便利というか集まりやすくって」


 と、酒の入った壺を二つ持ってきた武吉(能島)が言えば。


「来島とは目と鼻の先ですので、甘崎城からの移動の際、ちょっと寄り道しようと思えば確かに来やすい場所ですね」


 と魚の干物と小型の置き炉を持ち込んだ義継(来島)


「たぶんウチが一番遠いけど、そんなに不便は無いなぁ」


 吉充(因島)が干柿を持参して皆に振る舞う。


 あ、コレ、全員が飲む気満々ですねぇ──と義益が頭を抱えた。


「あ、そうだ。厳島の土産ね」


 そう言って武吉が細工ものの筆と硯を義益に手渡した。


「ありがとうございます……で、三家頭領またはそれに準ずる方々が頭をそろえてウチで相談とは?」


 義益はありがたく土産を頂戴して、話を促す。


通隆(太兵衛)のことだ。吉充(又三郎)、あの大内が攻めてきて、俺らが宮ノ尾(みやのお)城に保護された例の日のこと、毛利ではどんな話になってる?」


「あぁ? あの化物が出てきてどうこうって奴か?」


 化物──? 義益の表情が険しくなった。


 吉充は簡潔に、山の中を行軍していた大内軍の前に正体不明の化物が現れ、部隊を壊滅させられた為に士気低下して大内軍が脱兎の如く退却したことを説明する。


「なんでも一撃で即死、無駄な傷無しとかで、皆震え上がってたぜ」


「……貴方、よく左腕の骨折だけで生きてましたね……そんなのが出てきて」


 吉充の説明に、義益が呆れたように武吉に言った。


 唯一、義継だけが、ガクガクと震えている。


「心当たりあるんだろ。義継(助右衛門尉)


 武吉の指摘に、義継は目を見開いた。


 どう答えようか悩んでいたが、この()に及んで言い逃れはできないと腹を括り、義継は口を開く。


通隆(太兵衛)様……ですね……」


 え……と吉充と義益が絶句する。


 武吉は頷いた上で、義継に向かい合って言った。


「実に鮮やかな剣捌きで、本気で死ぬかと思ったぞ」


 小柄な少年だと皆油断しきっていたことももちろんあるが、それにしても重たすぎる剣戟と、一撃で相手を屠る正確な刀の軌道。


「それに、アイツはお前の弟……義直(よしなお)だって名乗ったぜ」


「まさか! そんな馬鹿な……」


 ()()()()()──。義継は躊躇(ためら)いなく否定した。


「ありえない?」


 何故? 武吉は怒ることなく、淡々と義継に問いかける。 


「以前武吉(掃部頭)殿にはお伝えしたとおり、かつて私に通隆(太兵衛)様とひと月違いの……次郎兵衛(じろべえ)義直という名の弟がいたことは間違いございません。しかし──」


 それだけは有り得ないんです。と義継は眉を(ひそ)めて皆に言った。


義直(次郎兵衛)はその……恥ずかしながら、皆を鼓舞することは上手いのですが()()()()()()()な弟でしたから……」


 弟に、一部隊を壊滅させるような──あのような技術はありません!



  ◆◇◆



 天文二十四年の正月前後から、能島で時々変わった音が響くようになったと船乗りたちの間でウワサになっていた。


 琴のような琵琶のようなその音は、もちろん、通隆が奏でる三線(さんしん)の音である。


「珍しいものが手に入った」と父から土産に与えられたものなのだが、とはいえ楽譜までは無いので、全て独学(てきとう)である。


 それでも、その音を聴きたいとねだった太郎は、通隆の隣で心地よい寝息をたてていた。


「どうぞ聴かせてください! 通隆(太兵衛)様!」


 そういえばあの乳兄弟も、よく三線の音をねだってきた。適当だと言っても、それでも良いと言って。


「どこかで聴いてくれてるかな、義直(次郎兵衛)


 通隆は瞬き出した星空を見上げた。この()の何処かに、義直が居ないかと時々探してしまう。


 それでも、いつものように見つけられなくて。


 一人寂しく、通隆は三線を奏で続けた。

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