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第十三話 天文二十四年三月十五日 豹変

隆景(又四郎)様、大内が動きました」


 新高山城の一室にて。報告書を読んでいた隆景のもとに、乃美宗勝が駆け込んできた。


「敵の攻撃目標は」


 冷静に隆景は宗勝に問いかける。


「呉と厳島にございます。呉方面の総大将は、我が愚兄白井(しらい)賢胤(かたたね)


「……彼もなかなか、やりますねぇ」


 隆景の苦笑に、それ以上に宗勝は渋い顔を浮かべた。


 白井賢胤は大内の警護奉行人(水軍総司令官)であり、正月に毛利の拠点各所を攻め込んできた張本人である。


 ちなみに個人的(プライベート)な部分では、宗勝の姉の夫だ。


「そろそろ、愚兄の調略に動きますか?」


 賢胤は割と単純で()()()()性格のため、条件次第で簡単に寝返るだろうと、優先順位を後回しにしてきたのだが。


「いや……」


 隆景は首を横に振る。


「今()()()()()()彼を抱えるのは諸刃の剣だよ。毛利にとっても危険この上ない……」


 隆景は言葉を濁す。


 今彼を味方に引き入れたとしても、後日また裏切られたのではかなわない。


「彼はとりあえず置いておいて。……厳島を攻めてきたのは誰だい?」


 隆景の問いに、宗勝は頷く。


元就様(大殿)が大内と袂を分かつ元凶となった(いわ)くの、栄良(えら)房栄(ふさひで)にございます」



  ◆◇◆



「無事か!」


 商談に行っていた隆重が船に戻ると、非常事態に義継が一人、船員を宥めようと右往左往していた。


隆重(右近大夫)殿! ご無事でなによりでございます!」


 武吉と通隆の姿がないことに、隆重はすぐに気がつく。


「アイツらは市か!」


「はい」


 隆重は瞬時に思案する。


「今すぐ船を出せ! まだ遠すぎてどっちの船かはわからんが、援軍に来た毛利方なら今すぐ戦闘にはならんじゃろうし、大内だとしても攻める宮ノ尾(みやのお)城は島の東側、市は西側じゃ。すぐに市が戦場になる可能性は低いし、大内側もそれを望んどらん」


 たぶん、船の向かってくる方向(西)から大内方であろうとは予想できたが、隆重は余計なことは言わず、おろおろと困惑する義継に一喝した。


()()()()()()()()()()()()()方がマズいじゃろうがッ!」


「は、はい!」


 隆重と義継、そして家臣たちが船に飛び乗り、海を埋め尽くす船が島に届くその前に、一時的に厳島から離れ、島の反対側に回り込んだ。


 隆重は様子を見ながら祈る。


 願わくば──あのトラブルメーカー(よーまぁしぃ)武吉()が、妙な気を利かせて、余計なことをしませんように、と。



  ◆◇◆



 武吉と通隆が港に着くと、既に船は無かった。


「あ、義兄上(あにうえ)、どうしよう……」


 震える通隆に、武吉は冷静に口を開く。


「まぁ大内から見ればほぼ密航みたいなもんだしなぁ……まぁそうなるわなぁ」


 よしッ! と通隆を落ち着かせるように、わざと明るい口調で武吉は笑った。


「確か隆重(叔父上)は島の()()に向かってたよな。俺たちと一緒においてけぼりくらってるかもしれねーから、探しに行こうか!」


 ぽんぽんと震える通隆の肩を叩きながら、武吉は山道沿いの集落を登ってゆく。


 途中避難する住民や、非常事態で城に集まる兵士たちとすれ違い、隆重らしい人がいなかったかどうか聞いたが、その答えは全て「知らない」「わからない」とあまりいいものではなかった。


「こりゃぁ、叔父上はうまく出航に間に合ったんかなぁ……」


 家の数が少なくなってきたあたりで、武吉は進む向きを変えた。


 とりあえずの避難先として、此処からだと海岸の厳島神社ではなく、山の中の大聖院(だいしょういん)の方が近いであろうと歩き出し、しばらく進んだ時であった。


「何者だ!」


 突然、数人の兵と鉢合わせしてしまった。


 先程見た船の数から考えるとまったくと言っていいほど少ないため、船から矢で城を攻撃をし、別動隊が港から島に上陸、正規の道から攻め込む者らと迂回し横腹を突く別動隊に別れ──十中八九、コイツらは別動隊だろうと武吉は瞬時に頭を働かせた。


「あー、()と交易でこの島に来たんだが、迷っちまって……大聖院目指してんだけど……どこか知ってます?」


 あー、言い訳としては悪手で最低だな──と武吉は我ながら思った。


 そう、祝言の時の隆景と対峙した時ぐらい、上手く舌が回ればよかったのに──。


「商人か?」


 訝しげに武吉を睨みつける男。うん、胡散臭いですね! 自分でもそう思います!


 男が声をかけた途端、通隆は座り込んでうずくまった。


 通隆はそのまま大量の脂汗と共に、呼吸が上手くできずガクガクと震えがとまらなくなる。


 武吉が知る限りのこの四ヶ月、船の乗っ取りだけではなく、剣術や弓術など()()()()を感じると、通隆はいつもこうであった。


「おい、大丈夫か?」


 通隆の背中を支えようと武吉は膝をつく。そんな中、武吉の頬に冷たいものが当たったと同時、カッとそこが熱くなった。


「……なんのつもりです?」


 頬を切りつけられ、武吉は男を見上げた。


 一応懐に短刀は隠し持っているが、武吉が下手に動くと構える前にその刃が振り下ろされるだろう。


「震えてるそっちはともかく、お前さん、自称商人にしては妙に落ち着いて()()()してやがるんだよ」


 怪しくて仕方ない。男はそう言って、周囲(部下)の同意を得て笑う。


「まぁ、諦めて死んでくれや……」


 そんな時だった。


 震えって(うずくま)っていた通隆が、突然スッと立ち上がり、その流れで武吉の懐に手を突っ込み、短刀を抜いた。


 そして流れるような動きで、隊長格のその男の首を一突きする。


 崩れ落る男の持っていた刀を奪うと、そのまま隣の細身の男の首を一文字に一刀両断、重力で落ちてきたその首を勢いよく蹴り飛ばして他の男の顔面にぶつけて昏倒させた。


 あっという間に三名が戦闘不能。しかし休む間も無く、通隆は首のなくなった男の刀に持ち替えて、次の男に斬りかかった。


「………………はぁッ?」


 我に返って武吉は叫ぶ。


 一体何事? どうなってやがんだ?


 いや、何度も話には聞いてたよ?


 でも正直言ってあの通隆見てたら眉唾だったし、絶対話を盛ってると思ったし──。


 相手方もあっという間の出来事に混乱し、隊列が崩れて、我先にと逃げ出した。


 追おうとする通隆を、武吉は「待て!」と制止する。


「深追いするな! 通隆(太兵衛)!」


「……貴様もか」


 いつもの低いがよく通る通隆の声とは違い、少しくぐもったような震える声。 


 放たれる殺気がこちらを向いて、武吉は本能的にヤバいと息を飲んだ。


 突然通隆が向きを変え、飛び跳ねるように武吉に向かって距離を詰める。


 慌てて武吉は、側に落ちていた刀を拾い上げて、通隆の攻撃に備えた。


「渡さぬ……通隆(太兵衛)()の、首は、誰にも渡さぬ」


 ガツンッ! と、刀同士がぶつかるには鈍く強い音が響き、武吉の持っていた刀が叩き折られた。


 見開かれた大きな目に、表情の無い能面のような通隆の顔。


「誰だ? お前は……!」


 思わず武吉は問いかけた。


 逃げた兵が投げ捨てた別の剣を拾い、再度下段に構えて通隆の攻撃に備える。


「我が名は村上次郎兵衛(じろべえ)義直(よしなお)……甘崎城主、村上助右衛門尉(すけえもんのじょう)義継(よしつぐ)の弟、村上義直である……」


 多少伸びたとはいえ、まだ小柄な部類の通隆から繰り出される凄まじい剣戟に、武吉は受けきれず吹き飛ばされて背中から倒れ落ちた。



 ──通隆(太兵衛)様の初陣のおり、弟もまた一緒に初陣を飾ったのですが……弟はその戦いで戦死(いた)しました。その際、通隆(太兵衛)様は獅子奮迅のご活躍で、弟の首を敵から取り戻してくださったのです──



 かつて義継が教えてくれた、通隆の初陣の話。


 そこで死んだ、通隆の乳兄弟──。


(マジか……死んだ忠臣が化けて乗り移ったって本気かよ……)


 頭を打ったか──武吉はそのまま気が遠くなり、意識を失った。

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