第十二話 厳島
「厳島に行こう!」
──と、この場において、最初に言い出したのはもちろん武吉であった。
厳島は神社仏閣弥山信仰といった祈りの島として有名ではあるが、実は瀬戸内の海運事情にとっても重要な島である。
かの島には国内の商人はもちろん、琉球や明など様々な人間が集まって交易を行っており、大変賑わっている島なのだ。
つまり。
「交易の実習だ! 通隆のヤツ、相変わらず舟の乗っ取りは怖気付いて固まって動けなくなるけど、普通の商売なら大丈夫だろう。まぁ、それに当主として勉強しといて損はないだろ?」
どうだ名案! と得意げに武吉はふんぞりかえる。
「あの……しかし肝心なことを忘れていませんか? 能島家は現在厳島は出禁じゃありませんでしたっけ?」
来島から通隆の様子を見に来ていた義継は、言いにくそうに口を開いた。
以前は大内から許可をもらって駄別安堵を行っていた能島村上家だったが、陶晴賢が大内を乗っ取って以降、方針転換。
明確に『出禁』と言われているわけではないのだが、新しく陶が作った回りくどくダラダラと並べられた条例により、能島は実質的に厳島出禁を言い渡されてしまっている状態である。
しかし。
武吉はそんな義継の肩をポンと叩いた。
「そんなもん、能島じゃなきゃいいんだよ! 能島じゃなきゃぁな!」
ちょうど良いところに来てくれました! 義継殿!
武吉の言いたいことを察した義継は、無言で小さくため息を吐く。
そして追い討ちをかけるよう、ちょいちょいと通隆が、控えめに義継の袖をひっぱった。
「あのね、義継。俺も栄にね、なにか贈り物をしたいんだ」
駄目? と主君から上目遣いで見つめられ、その強烈な破壊力よって、三月十五日の早朝、来島の忠臣、義継の道義心は陥落した。
◆◇◆
「まったく、お前は相変わらずセコいことを考えるのぉ」
折敷に揺れ三文字の旗を摘んでピラピラさせながら、隆重は言葉だけは呆れつつもどこかニヤニヤと嬉しそうに笑う。
船に乗り込みいざ出発! ──の直前で、武吉らの厳島行きの計画はうっかり隆重にバレてしまった。
そしてまた手痛い一発をくらわされるかと思いきや、意外なことにこの隆重は、一緒に船に乗り彼の地へ同行することを提案してきたのだ。
隆重の助言により、最終的には安宅船一隻から速度の出やすい関船三隻の船団に変更して厳島へ向かう。
「正月にあの海域で陶と毛利の戦闘があったからのぉ……」
念には念を、じゃ! と、揺れる船上にも関わらず、積み込んだ荷の量と値の簡単な目録を、慣れた手つきでササっと作りながら隆重は言った。
「叔父上、荷を積み込んどいて今更なのですけど、購買はともかく今のあの島で今の能島が商売できるのですか?」
「ふっふっふ……蛇の道は蛇よ」
武吉が成長するまで義益と争いながら能島の家督を守っていた男は、得意げに口を開く。
駄別安堵の許可をもらい、関船に乗り込んで商人たちの有料警護や密入船の乗っ取りを行ってはいるが、隆重は商人としての一面も持っていた。
むしろ、彼の一番得意なものは交易なのだ。
武吉から見て祖父の側室腹の三男。確かに血筋的にはやや弱いものの、この叔父が本気で野心を持っていれば、兄二人が亡くなったこの能島で、病弱な義益や幼い武吉は簡単に排斥されていただろう。
にも関わらず、当時まだ二十代の隆重が、同腹の兄の息子である武吉の下についたのは「大好きな交易に早く専念したかったから」という話だ。
「金が無いのは悲惨じゃぞ……金が無いと本当に何もできん……卑しいと言われようが武士にあるまじき仕儀と言われようが、有体に言えば金が無いのは、首がないのも同然じゃぁ!」
と昔から叔父は口癖のように繰り返すため、彼の幼い頃は金に困った相当悲惨な生活をしていたのかもしれない。
「陶の奴、『島に住む者以外が店、屋敷を持つことを禁ずる』とか調子こいて嫌がらせの条文作っとったが、要するに知り合いの島民にワシ個人の私財を委託して、代わりに売ってもらうんじゃ。謝礼は多少かかるじゃろうが、何の問題もない」
ざまぁみろ──隆重の悪い笑みに「叔父上も十分セコいわ」と、武吉は苦笑を浮かべた。
◆◇◆
「おっきい……」
「あぁ、でかいなぁ」
あんぐりと大きな口をあけて、巨大な鳥居を見上げる通隆に、武吉はうんうんと同意する。
隆重は到着早々、商談と称してくだんの知り合いの家に走っていったため、義継は「おそれながら」と武吉に申し出た。
「船番は私がしておきますので、どうか武吉殿、通隆様をよろしくお願いいたします」
人が多いので、迷子にならないように気をつけてくださいね!
ドサクサに紛れて厳島観光をする気満々だった武吉だったが、義継に一瞬で見透かされてしまい、少々気まずそうに通隆の手を引いて島内に繰り出した。
「さぁて! まずは厳島の神さんに参拝していこうな!」
大三島の大山祇同様、本来なら神社に取り次いでもらい何か寄進をすべきところではあるのだが、後から大内にバレて「出禁能島が何故ここに居る」と文句を言われても困るため、今回は境内から社殿に向かって手だけ合わせた。
そして武吉はそのまま、商店の並ぶ市に向かった。
「何がいいものあればいいなぁ」
浮き足立つ武吉に、ちょこちょこついてくる通隆。
彼は全てが興味津々で、キョロキョロと周りを見ては目を輝かせている。
並んだ出店の一つ、薄い桜色の反物に手を伸ばした通隆に、揶揄うように武吉は問いかけた。
「お、お客さん、そういうのがお好みで?」
ニヤニヤ笑う武吉に、通隆は「そうじゃなくて……」と言って、思わず手を引っ込めてしまうのだった。
もちろん、通隆の目的が栄姫への贈り物であることは知っているし、その色は彼女にとても似合うとも思う。
しかし。当初の口実通り、武吉は先輩として、通隆に交易のイロハを教えてやらねば。と、通隆の手を引いた。
「その布もいいが、似たようなものなら別の市でも手に入る。せっかくなんだから、此処でしか手に入らないものの方が俺はいいと思うけどなー」
たとえば。武吉は別の反物を手に取る。鮮やかな黄色の地に、茜色の花が描かれている。
「確かに値は張るんだが、こういった琉球の反物とか、派手な柄でなかなか見ない変わった感じ。こんな感じで、この場でしか買えない一期一会なものをオススメするぜ!」
「琉球?」
武吉の琉球という言葉に反応し、通隆が顔をあげた。
「此処に三線、あるかな?」
「三線? お前もう持ってるだろ」
と、武吉はそう言ったところで。
「あー、なるほど。……ソイツは野暮だった」
悪い悪い。と一人察した武吉は、赤面して俯く通隆の頭を笑いながらくしゃくしゃと撫でた。
「是非俺にも聞かせてくれ! 栄姫と合奏!」
「もう! 気が早いッ! 三線があるかどうかもわからないのにぃッ!」
ポコポコと武吉の背中を叩きながら通隆が叫んだ──が。
二人はほぼ同時にそれに気がつき、ぴたりと動きを止めた。
先に口を開いたのは、通隆の方。
「義兄上、アレ……」
目を見開く通隆に、武吉は無言で頷く。
その眼前の海上には──。
後世の歴史書の記録によるとおおよそ百四十艘──海を埋め尽くすほどの大量の安宅船が、厳島に向かって進んできたのであった。




