第十話 祝宴の後に
一難去ってまた一難。
祝言の二日目は、親族や家臣団一同揃っての祝宴が催される。
派手な場合は数日かけて宴会を行うものだが、毛利方の情勢と、怪我をした通康の事情を考慮して一日だけ行い、新郎新婦はおおよそ一刻で退席する──という流れになっていた。
来島側の出席者は、通康の弟である 吉賢に、重臣であった 義継。そして本来は目上の立場なので列席しなくて良いのだが、義理の弟という理由で河野通宣といった、来島の内情を知っている者のみが参列している。
古参の来島家臣団や能島・因島の親戚など、本来呼ばねばならない人間は他にもいたのだが、ほとんどの者にはまだ通康の死を伏せているため、呼ぶに呼べない状況であった。
懸念の新婦側の見届け人は、因島の吉充が担当する──と武吉は聞いていたのだが。
(なぁんで小早川隆景が此処にいるんだよッ!)
頭巾の奥で武吉が戦慄いた。
先日の大山祇神社同様、二人並んで仲良く列席しており、隆景に至ってはニコニコとこちらを見ている。
(吉充、まさかこっちの内情、小早川に暴露してねぇだろうな……)
武吉が不安そうにに睨むと、吉充は「俺は知らん! いつの間にかしれっとついてきた」と口をぱくぱくと動かして否定する。
「お初にお目にかかります。来島殿」
微笑む隆景。武吉はごくりと唾を飲み込んだ。
「乃美兵部丞宗勝です」
嘘つけーッ! 思わず声が出そうになった武吉だったが、なんとか冷静に──冷や汗をかきながら耐えた。
そして、冷静になったところであることに気づいて、武吉は血の気が引いてゾッとする。
(罠かッ!)
数日前に武吉がやったことを、このタイミングで全くそのまま武吉にやり返したことで、案に「お前の正体はバレているぞ」と言っているようではある。
そして、本当に初めましてなのか否かの真偽を、ほんの短い偽りの自己紹介の中で、武吉側を試しているようにも見えた。
どう答える──。武吉は懸命に思い出す。
そして。
「初めまして、ではないですね」
至極冷静に──通康の口調を思い出しながら、武吉は口を開く。
「かつて、我が息子と遊んでくれたようで……あの場に私も居ましたからね」
── 十年くらい前ですかねぇ……自分の元服前にはよく。乃美宗勝殿や小早川の隆景殿を交えて──
崖から飛び降りた通隆を助けた際、そう言っていた吉充。
── 父上がご存知でないのなら会わない。お客様にはお帰りになってもらって──
父親が大好きで依存している通隆。
確定できる状況はこのくらいしかないけれど、通隆と隆景が対面した場に、たぶん通康も居たはずだと、武吉はそう確信した。
「そう……でしたね。いや、うっかりしておりました」
隆景は優雅に微笑みながら、通康に首をさげる。
「我が主人、小早川隆景からの伝言でございます。姉から預かりし我が養女、どうぞ大切にしてくださりませ」
◆◇◆
「怖っっっっっっっっっっっっわぁ……」
部屋に飛び込むなり、鳥肌の立つ腕を撫でながら、武吉は「隆景怖ぁ……」と小声で呟いた。
約束していた時間が来たことで、武吉と栄姫は部屋から退室し、奥の部屋へ移動する。
「お疲れ様でした。とりあえず威厳皆無のその顔、何とかしなさい」
室内で待っていた花と通隆。
新婦協力のもとの演技とはいえ、妻として夫の祝言はやはり気に障るのか、花の言葉尻が少々刺々しい。
「え? 妬いてくれてるの……痛たた冗談です冗談ッ!」
花に殴られ武吉は両手を上げた。
が。
「んもう! 早くどいてくださいましッ! ……通隆様! 会いたかったですわ!」
そんな武吉を体当たりで押しのけて、栄姫が通隆に駆け寄った。
どうやら栄姫は通隆に一目惚れしたようで、昨晩武吉と入れ替わっての『お床入りの儀』から終始ぴったりとくっついている。
──といっても、栄姫がまだまだお子ちゃまなので、添い寝の関係ではあったが。
主役は退室したが宴会自体は続いており、隆景や吉充はまだあの場で飲んでいるだろう。
また、宴会終了の時間を考えたら、今夜もあの二人はこの屋敷に泊まるに違いない。
「顔合わさんように、俺は来島殿の部屋に引きこもっとくわ」
不測の事態を考えると、能島に帰るのはやめといた方がいいだろう。
武吉は再度ぶるりと肩を震わせて、隣の部屋へ移っていった。
◆◇◆
「ほどほどにしてくださいよ隆景殿」
さて、何のことでしょう? 吉充の言葉に、隆景はわざとらしく首を傾げた。
夕刻を迎え、宴会は無事終了。河野の当主は湯築城へ戻り、その他の四人は来島村上家の屋敷に準備されたそれぞれの部屋へ案内される。
客人ということもあり、吉充と隆景は屋敷の侍女から酒を貰い、二人向かい合って勝手に二次会を開いた。
否、正確には反省会といった方が正しいかもしれないが。
「さっきのアレです。アイツだけならともかく、来島や河野の皆様の前で、冗談にも程があります」
普段は何をやっても面白がってケラケラ笑ってる吉充が、珍しく苦言を言う姿を見て、隆景は「ほほう……と」目を細める。
「そんなに好きなんですね。彼のことが」
「確かに揶揄う相手としては最高ですけどね」
ただ、そういう話をしているんじゃありません。と吉充はきっぱりと言い切った。
「まぁ、小早川隆景相手に大山祇で含みを持たせすぎたのは自分の失敗かなぁとは反省してますよ」
吉充は本当に、隆景にあれ以上何も言っていない。
しかしこの人はたったあれだけの出来事でこの祝言に関わることだと察し、そしてこの場に来ることで、あの頭巾の中身が村上通康ではないと確信してしまったようだ。
その正体が村上武吉であるというところまではまだ辿り着いていないかもしれないが、それも時間の問題かもしれないし、あるいはもう、知っているのかもしれない。
本当に、恐ろしい人だと吉充は思う。
「もう……そんなに怖い顔をしないでくださいよ」
隆景が吉充に酒を勧めた。
一見すると彼が狼狽えているように見えるかもしれないが、絶対にそんなことはないと吉充は知っている。
「気に入りましたよ。彼」
隆景がにこりと笑う。
「私、ただの愚か者は嫌いです。けれど、時に天運を味方につけ、また自分の持ちうる能力を最大限に使い、迫り来る苦況を全力で乗り越えようとする不屈の愚か者は、大好きで、応援したくなるのですよ」
──お初にお目にかかります──。
隆景と通康の対面が、初めてなワケがない。
今回の婚姻の打ち合わせで──隆景が姪の栄姫の後継人となってから、通康とは何度も顔を合わせてきたのだから通康本人か否かがわからないハズがないではないか。
しかし通康を名乗る彼は、隆景本人もすっかり忘れていた幼い頃の対面を、即興で言い当ててきたのだ。
そんなの──。
「ゾクゾクしてくるに、決まっているじゃないか」
「え?」
隆景の小声の呟きに、吉充が何事かと動きを止めた。
「……なんでもありませんよ」
元の柔和な微笑みを讃え、隆景は酒を一気に喉に流し入れた。




