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2943  作者: 平野むら
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今日も生かされているー。目を覚ます度に生かされているという事実が不思議で、妙な感覚に襲われる。


生まれてすぐに両親を亡くし、親の顔すら知らずに生きてきた。清厳寺の住職である厳徳様に拾われた私は厳徳様の元で不自由なく暮らしてこれた。

「母様、今日はお習字をいたしました!」

「まぁお絹、上手に書けましたね。」


八つの頃から寺を出た。

十五で嫁いで子を授かり、久しぶりに厳徳様の元へご挨拶に伺ったとき、お寺の横に清厳神社ができていて、池が祀られていた。元は寺の奥にある大きな池で、こんこんと湧き出る綺麗な池には龍神様が住んでいると大切にされていた。池に入ることは禁止されていたが、お水取りは許されているので、たくさんの人がひっきりなしにお水取りにやってきていたのを覚えている。

ぼーっと池を眺めていると、翼を怪我したのか鳥が池に落ち溺れていたのを見つけた。池に入ることを禁止されていたことが脳裏にチラついたが、迷わず池に入っていった。溺れていた鳥を畔に運び置いた瞬間、身体に衝撃が走り脳内に誰かの声が飛び込んできた。

「愛するツクヨミ様、どうか幸せであってくださいー」

頭の中で響くその慈愛に満ちた声のする方へと池の底を見た。青白く空の色をした長い煙のような光が目に留まった瞬間ー

「ありがとう」

柔らかく温かな声が、どこからか聞こえてきた。不思議と自分の胸のあたりからー

「どうか、この声を届けてくださいー。彼の耳に届くように、彼の心に届くようにー

。」


それからというもの、誰に言うでもなく毎夜この池の畔で歌を詠むようになった。あの温かい声の主の声が、願いが届くように。そして、恐らくその願いを向けられているあの慈愛に満ちた声の主の願いも同時に叶うようにと祈りながら、同じ歌を繰り返し詠み歌う。

私の命をもってこの2つの願いが叶うよう、想いが繋がるようにと祈りながら。


「お(さね)、今日も行くのかい。」

「えぇ。この子もぐっすり眠っています、よろしいですか。」

「行っておいで、龍神様へのご奉公なんだ。いち日も欠かしてはいけないよ。」

「はい、ありがとうございます。行って参ります。」

旦那様は私の池通いを龍神様へのご奉公として許してくださっている。

最近、流行り病がこの町にも広がり始めていて、私もここのところ熱が続いている。なにやら赤い発疹が出始めているけれど、それでも欠かすことなくあの池で歌を詠みたいー。

柔らかく温かな声の主が何なのか、わからないでいる。けれど、決して嫌なものではない。

「どうかこの島を離さないでいてほしいのです。生きてこの島で愛を知り愛を得て愛を与える喜びを知ってほしいのです。私の声が声として届かぬとも、どうかこの想いを知ってほしい。」

その声の主は池の畔で歌を詠む度、そう言って同じことを伝えてくる。

「あなたが私を愛してくれているように、私もあなた方を心から愛しています。会うことも、言葉を交わすことも許されていませんが、いつでもあなた方を想っています。」

幾度となく切実に訴えかけてくる想い。きっとあの慈愛に満ちた声の主も、温かな声の主を想っている…。そう感じる度に自分でも不思議な程にスラスラと歌を詠んでしまっていた。

「あなた様のお声がする…いつまでも聞いていたい…」

池の畔で歌を詠んでいると、いつも慈愛に満ちた声の主の想いが伝わってくる。

「あなた様はどこでどう生きておられるのか…こうしている間も、また私たち龍を生み出しておられるのでしょう…あなた様という存在を誰にも知られることなく、静かに生きておられるのか…アマテラス様はいつまでこのようなことをさせるのか…」

この声の主は龍神様なのかしら…あちらの声の主はアマテラス大御神様と関わりの或られるお方なのかしら…。だとしたら、私は神々の御声みこえを聞いていることになるー。

「あなた方は何も知らずともよいのです。私は常に幸せの中にあります。愛する我が子のようなあなた方を生み続けながら見守り続けることができるのですから。」

生みの親というのは、本当に愛に満ちあふれている。自分自身、お絹を産んで初めて無償の愛情が自分の中にあったのを感じている。


今日も歌を詠み終えた…歌を詠む間は風の音すら聞こえない。頭からつま先まで温かな陽の光が優しく降り注いでいるようで意識が遠のく感覚に陥る…。

「私からの伝言としてではなく、人間の声で人間の愛で届けてほしいのです。貴女があの場に居合わせたことは偶然ではないのです。貴女自身も、貴女のお役目を果たすべきなのです。」

お役目…あなた様の想いを龍神様へ届けるために歌うことがお役目なのでしょうか…。

「いいえ、それはキッカケに過ぎません。今は分からずとも、いずれ知るときがくるのです。とても長い旅の始まり…忘れても必ず思い出す。そして貴女は何度も旅に出るのです。」

旅の始まり…私には夫も子もおりますので、私だけで長旅には出れません。後生です、お役目をどなたか別の方にお願いできないものでしょうか…。

「案ずることは何もありません。長い長い旅の始まり、まだ始まりの始まりなのです。貴女はこのまま毎日同じ日々を送るだけでお役目を果たせていますよ。」

池の畔で歌うことがお役目なのですか…。龍神様へのご奉公が、あなた様へのご奉公にも繋がっているとよいのですが…。

「その清らかな御心みこころこそ、貴女がこの役目を担った理由です。この世の為にどうかお役目を果たしてください。」

この世の為…世のため人のために生きることができるなんて…なんという有難き幸せ…。天涯孤独と思い、身を絶とうとしたこともありました。それでもこうしてここまで生きてきて家族ができた、それだけでも幸せなことなのに…。お名前も存じ上げませんが、神様でいらっしゃるのでしょう。このお役目、この身が滅びるその日まで授かり賜ります…。

「ありがとうー。」

不思議と胸のあたりが暖かく感じられた。

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