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明くる日の夜も、また池の畔で同じ歌を歌っていた。
『この島を手放さないで 声に出せぬ程の愛に応えてください』ーと。
龍神を信仰しているとはいえ、龍という存在に気づいているかのようだ。しかし、私が人間を前に姿を表したことなど一度もない。とういことは、誰かへ向けた愛を歌っているだけなのだろうか…。この私が惑ってしまう程、彼女は美しかった。アマテラス様に匹敵する程の美しさ。そしてあの声ー。あれはまさにツクヨミ様の声。にわか信じがたいが、現に見て聞いてしまっている。
今宵もまた、あの美しき姿とあの優しい声に身も心も浄化される思いだ。
「この島をいかでか手放さで…ゴホッゴホ…ッ!」
「この命を授けてくださったのはなぜなのでしょうか…この世はこんなにも苦しい…それでも、この世の美しさの一つひとつを愛しています。この命、どうか無駄になさらないでください…。」
そう言って、今宵は歌わず帰って行った。そしてその夜を最後に彼女が池の畔に来ることはなくなった。
「龍王様!」
「なんじゃ清厳ではないか。会合でもないのにどうしたというのじゃ。」
「龍王様は、人間を愛しておられますか。」
「急になんじゃ…長年守っておるのじゃから情ならあるがのう。」
「では人を、人ひとりを愛したことはございませんか。」
「また妙な話をしおって…そんなことある訳なかろう。」
「私はあるのです。今、一人の人間を愛してしまっているのです。」
「なんと愚かしいことを…。」
「毎夜、私の住まう池の畔にて歌う彼女を愛してしまった…ところがある日から姿を見せなくなってしまったのです。心配して念を放って彼女を探すのですがどこにも居ないのです…。」
「天命を全うしたのであろう。」
「信じたくはないのですが、そういうことなのでしょう…。そこでご相談が。」
「無理難題ではなかろうな。」
「人間は魂を宿し繰り返し生まれ変わり生きている、その人間に転生したく…その罪として掟に従い、寿命を授かりたいのです。」
「馬鹿ばかり言いおって!清厳!ならんぞ!わしは許さん!!」
「龍王様、どうか願いを聞き入れてください。私自身、人間を愛するなど、まして一人の人間を愛してしまうなどということが現実にこの身に起こっていること自体驚いているのです。」
「分からぬ。その驚きに乗じて寿命を与えろというのか。」
「驚きはまだあります。その者はアマテラス様のお姿にそっくりだったのです。」
「理由にならぬ。アマテラス様の美しい姿に似た人を愛せば寿命を授からねばならぬのか。」
「驚きはまだまだあります。その者はツクヨミ様のお声にそっくりだったのです。」
「ツクヨミ様じゃと?!」
「はい、この耳で聞いております。間違いありません。」
「ツクヨミ様は我々龍の生みの親であらせられるのじゃ、人間にツクヨミ様と似た声を持ち合わせられるなどそんなことがあろうか!」
「あったのです。龍の耳と記憶をお疑いになるのですか、龍王様。」
「アマテラス様の美しさを持つ人間ならば、わしも見たことがある。しかし、ツクヨミ様はまた別じゃ。お目見えしたことのないあのお方を、ましてお声など…そのお声を聞いたことがあるのは清厳、お前だけなのじゃからな。」
「だから私自身驚いておるのです…。」
「とはいえ、なぜお前が人間になる必要があるのじゃ。」
「私は私自身を愛を知らぬものと思うておりました。しかし此度、人に惹かれ愛してしまった。そんな自分が居たのは嬉しくもあり、龍として存在する上で不甲斐なくもあり、心境は複雑です。」
「清厳の心を震わせられたということか。そこはわしとしても嬉しく思うぞ。」
「心を震えさせ、魅入ることも愛のうちだと思います。私は彼女の歌声によって愛を知った。その愛を教えてくれた彼女にもう一度、ひと目でいいから会いたいのです。」
「清厳…もう一度会うにしても龍としてでは駄目なのか。」
「この姿では彼女に私という存在を認識してもらえない…いくら念を送ろうとも、愛を返すことはできない。同じ人間として愛を返せたら、私はもう何もいりません。」
「龍としての命も、人間になれたとしての命をも…ということじゃな。」
「はい。掟では人間の寿命を幾つか繰り返したのち記憶を絶たれると。」
「繰り返す命の中の記憶はしばらく残り続ける。龍は長生きじゃからのう、人間の寿命がせいぜい数十年とすると繰り返す命は何度になるのかさっぱりわからんのじゃ。」
「前例はないのですね。」
「そのような馬鹿をするものは今まで誰もおらんのじゃ…考えなおせ、清厳。」
「いえ、私はツクヨミ様に生み出されてからすぐにツクヨミ様にお会いすることを願いながら生きて参りました。いつも心にあるのはツクヨミ様、そしてあの優しいお声が頭から離れないのです。毎日池の底でツクヨミ様へ届くよう祈りの念を放ち、生きる理由がツクヨミ様にお会いすること、それしかなかった。その願いが人間としてなら叶えられるかもしれない。」
「…清厳、お前の最たる願いが叶わんとしているのじゃな。」
「はい。」
「…仕方あるまい。」
「ありがとうございます!」
「しかし、寿命を授かり人間として転生するにしても、何がどうなるのかわしにも分からぬのじゃぞ。」
「心しております。」
「うむ。ではアマテラス様に許しを得たのち、寿命を授けるとしよう。」
「ありがとうございます!恩に着ます、龍王様!」
「では、天命を待て。」




