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息苦しい…いや、生き苦しい。齢1067年もこの島に生きてきた。私がここに居ることを知っているのか知らないのか、この池を祀って人間共が好き勝手言いにやってくる。
「龍神様、どうか雨を降らせてくださいませ」
雨季を待て。
「うっ…うぅ…っ」
また泣くだけ泣くのか。
「偉大なる池の神よ、我こそこの世を統べる者。我に力を与えよ!」
ふざけてんのか。
「龍の神様、後生です、母の病を治してください!」
医者に診てもらえ。
「永遠の命を得られる不老不死の池の水を頂戴し奉る…」
ーくだらない。私に何を願おうとも、お前達の願いを叶えてやるなど私の意に反する。
私はこの島のこの池で日々やってくる人間の声を静かに聞いている。ただ、聞いている。何かをしてやれることなど何も無い。いち龍という存在が、神の真似事などしてはならぬと龍王様に教え込まれてきたからだ。今でも龍王様には感謝している。教えのお陰で驕り高ぶることなく、龍として気を保って生きていられるのだから。ただし、龍として人間達を守り、島を守る存在で或らねばならない。
数年に一度、龍界の集まりがある。その中でも今日は龍界と竜界の合同の集まりで、各々生る島での報告をせねばならないのだが、厄介なのは訛りのひどい赤竜の長話を聞かされることだ。あいつは火を吹きながら島の訛り混じりに長々と島自慢をしてくる。あーだこーだして救ってやった、叶えてやったとすっかり島での英雄気取りだ。
私のように東に住まうものを龍、赤竜のように西に住まうものを竜としている訳だが、一緒にされては困るというもの。竜には翼があるが、龍にはない。だが、龍には念がある。念で飛び、念ですべてを成す。それ故に東の島々の人間は私達を神と崇める。それに比べて竜には物理的な解決策しかないのだから、良くて英雄止まりなのだろう。
私自身は神と崇められて喜んだことなど一度もない。むしろいい迷惑だと感じている。しかし、多くの龍は崇められ、自惚れ、言動も鼻につくようなやつばかり。そのうち痛い目に合うだろうと思うものだがな。
「清厳、何を考えている。」
「あぁ、すまない、考え事をしていた。」
「近頃こちらの島では疫病で人間がバタバタと死んでいる。お前の島ではどうだ。」
「どうだかな、私は池の底から動くことは少ないんでね。」
「どうしてそんなにも無関心で居られるのだ。我々の仕事を何だと思っているんだ。」
「そう言うが泊渼、お前の島は地場が違うではないか。なんとかなるだろう。」
「島全体を覆うほどの地場はない。だからこそ、我々の力が必要なのだ。」
「念の無駄遣いだぞ。」
「お前というやつは…いい加減仕事に精を出せ。」
「そのうちな。」
「うまくやっておるか、清厳。」
「うまくはないでしょうが、なんとかやっていますよ。龍王様は常々神々のお叱りを受けて参っているのではないでしょうか?」
「そうじゃな、鱗が剥げて無くなりそうじゃわい。」
「笑いごとで済ませられる程度ですか、安心しました。」
「馬鹿を言え清厳!スサノオ様をお鎮めするのがどれ程大変なことか…お前が代わりにお目通りしてみろ、すぐに怒りを買うことになるじゃろうぞ。」
「大変なお役目なのは分かっていますよ。にしても、何をそんなに荒ぶられることがありましょうか。」
「大きな声では言えんが、スサノオ様はな…我々にとって替わられることを心底恐れられておるのじゃ。」
「…はぁ。でもそんなこと実際にあり得ない話でしょうに。」
「一概に理由をこれとは言えぬが、我々の念の力を頼る人間が増えているのは事実であり、お忙しくされている神々の使いである我々龍は年々増やされておる。」
「なるほど。我々の力を頼りに神々は世を動かしていらっしゃる訳ですから、次々龍を生み出さなければ追いつかないーと。」
「そう簡単に言うてくれるな。生み出すのはツクヨミ様のみぞ。あのお方には龍への理解と慈悲と愛情がある。生みの親であるからだけではないのだ、あのお方は表にはけして出ず秘密裏に生み続けておられるのだ。」
「我々龍はその事実である生みの親を知っている。ですが、他の神々が知らない訳ではないのでしょう。」
「アマテラス様の命によるものであるからして、事実を知るはアマテラス様とツクヨミ様お二人のみじゃ。」
「出自をスサノオ様に知らされていない存在なんですか、我々は。そりゃ歓迎されるはずがない。さらっと言ってしまえばいいのでは。」
「馬鹿を言え清厳!!スサノオ様がなぜ我々を目の敵のようにされるのか…!」
「はいはい、我々にとって替わられるかもしれないのが心配なんでしょう。」
「そうではない!根本の話じゃ!スサノオ様はあの剣一つでこの世を守られておる訳だ。そこに年々増え続ける龍という念を使って島々を守ろうとしておる存在は、その勇ましい守り神からすれば存在価値と存在意義を損なわされておるかのようなのじゃろう。」
「だから、我々にとって替わられている気がして仕方ないのでしょう。」
「声がデカい!!!ない寿命が縮まるわい!」
「とにかく、我々の存在を歓迎してはいないってことですね。」
「神々の中でも特にスサノオ様はな…。」
「ココで会ッたガ百年メーィ!ブオォオォォッ!」
「うわっ!!」
「なんじゃ、エドワルドではないか。また一層デカくなったな。」
「東のキング!おヒさかタぶーりィね!」
「お前はなぜ毎度私を狙って火を吹くのだ!いい加減にしろ!」
「セイゲン!ご愛さツでおマ!ワが島でハたイへんヨろこヴァれるありがタき火ぞ!ブオォッ!」
「おわっ!やめろ!!」
「ファッファッ、よいよい、龍も竜もだいぶ集まってきたようじゃな。そろそろ会を始めようではないか。」
今会もアイツは島自慢と叶えてやった自慢のオンパレードだったな。西も東も大して変わらず、無難に島を守っているようだ。しかし竜も龍も疫病や天変地異に関しては頭を抱えている。西も東も神々の考えることは図りしれぬという訳だ。特にアマテラス様はスサノオ様の言動に振り回されておられるようだし、そのシワ寄せが我々龍界にも少なからず影響している。島々に天災をもたらしている神々の主犯がスサノオ様ではないのかとまことしやかに噂だっているのだ。もしそれが本当であれば、我々の動き方を試されているのかもしれないー。今起きている天災は神々への相談もなしに我々の念だけでどうにかでき得る規模だから恐ろしい。勘違いした龍達がほとんどを占めている今、そんなことが続けばスサノオ様は黙っていないだろう。しかし守り神として崇められている以上、念を駆使して守る他すべがない。神々に相談する機会を得るのには龍の声が幾千といる。だが龍王様から願い出たとして、神々にお目通りいただけるかどうかも定かではない。今はまだ、動くときではないということか…。ツクヨミ様は今もなお、龍を生み出されている。アマテラス様の命とはいえ、スサノオ様の手前どうお考えなのだろうかー。
私は生み出されて間もなく今の島に住み着くようになった。ツクヨミ様と言葉を交わしたことなど一度もない。お姿さえ拝見していないのだ。ツクヨミ様の手から離れる瞬間ただ一言、”ありがとう”と囁かれたのを覚えている。優しく透き通るその声を私は忘れないでいる。今宵の月のように、儚く優しい光りに照らされているような心地であったー。
「うっ…ふぅ…っ」
また今宵も女の泣く声が聞こえてきた。毎夜毎夜飽きもせず…やれやれ、美しい月に想いを馳せる暇もない。それにしても人間の悩みは尽きぬものだな。非力で欲にまみれ、願いを連ねる者共。私にどうしろというのだ。
「この島をいかでか手放さで 声にいでせぬほどの愛に応へて」
…この声、聞き覚えのある声に似ている…歌っているのか。
「きみの居ぬこの島に生くるは この世の一部となるばかりなり」
なんとも…私にとっても心切なく感じさせる歌だな…少し顔を拝んでみるか。
「どうか、貴方様のお側に居させてください。」
なんと美しいー。
「明日もまた参ります。」
あの人間は神ではなかろうかー
月夜に照らされ神々しく光るその姿に、心奪われたのだった。




