1-2-4
2943イメージソング
https://youtu.be/yrc1oGmkcak
「うぁぁあぁ…っ!うぐわぁあぁぁ…っ!」
「もう少しの辛抱です。ここを縫い終われば…っ」
「うぅ…っ!はぁ…っ!もういい!いっそ殺してくれ…っ!」
「いけません!命を粗末にしてはいけない!さぁ、終わりましたから!お水を…」
官軍の京都御親兵病院には、すでにたくさんの負傷兵が迎え入れられていた。あちらこちらで悲鳴とうめき声、悲痛な叫びが飛び交っていた。それでも、私達医師が彼らの生きる意欲を繋ぎとめる為こうして必死で治療に当たっている。
「ここは済んだかい、天藤くん。」
「はい、あとは消毒して終わりです。」
「そうか、私は廊下の重傷者を診てくる。君は先に帰るといい。」
「いえ、俺もすぐ行きます。」
戦は終わったというのに、この病院ではまだ戦いが続いているかのようだった。
「新宮先生、こちらへ来てくれないか!疱瘡患者だ!」
「またか…」
「戦の負傷者よりも増えてきている…」
「有信堂から痘苗と応援を!」
「新宮さん、もう痘苗が残りわずかです!」
「今手配しているから…」
「しかし、あちらでも負傷兵と疱瘡の対応におわれているはず…」
「多すぎる…手が回りません。」
「天藤くん、諦めるな。我々の手で、一人でも多くの人を救うんだ。」
「はい…!」
「…疱瘡神様、どうかお静まりください…」
「大丈夫ですよ、必ず治しますからね。」
あの時の流行り病と同じ症状だ。今でこそ痘苗があるが、当時は治療する術もなくただ命尽きゆくのを見ているだけ…彼女もきっと、この患者の様に苦しんでいたに違いない。
人間はいつの世も何にでも神を宿らせるな。神にすがり、神を恨み、神になろうともする。
「…神、か…」
「天藤くん、私達は神にはなれないが、培ってきた知識と技術で病に打ち勝つ術がある。」
「はい…!」
「目の前の患者を見捨てるわけにはいかないだろう。この危機を耐えるんだ。」
人間とは、こうも前を見据えて生きていけるのだな。この者には目に力がある。我々…龍であった頃を思い出す。そうだ、泊渼の瞳に似ている…まさか…
『今頃気づいたのか。』
「な…っ!」
「どうした、天藤くん。」
「あ、いえ…」
「あぁ、長く引き留めてしまったね。疲れただろう、今日のところは帰るといい。」
「はい…」
まさか泊渼がここまで来ているとは…仕事熱心にもほどがあるだろう…
だが、京には湠渓が居た…あいつは何をしているというんだ…
「弁天池…覗いてみるか…」
「湠渓、居るんだろう。話がある。」
『…』
「お前、この島で何をしているんだ。」
『…』
「兄の甘やかしが過ぎるみたいだが、お前はそれでいいのか。」
『…』
「だんまりはもういい。」
『お前の小さい頭では計り知れぬ動きがあるのだ。』
「なに…?」
『スサノオ様はお前の事を知ってか知らずかこの島にまで疫病をもたらした。』
「スサノオ様…っ!」
『お前に何ができる。』
「話をすり替えるな!お前の仕事でもあるだろう!お前は一体何をしているんだ、兄任せか!」
『私の心配などしている暇があれば、泊渼を手伝ってやったらどうだ。』
「手伝ってもらっているんだよ!何も分かっていないのはお前だ!帰る!」
『…』
「あいつはなぜいつもああなんだ…っ!」
…スサノオ様のお力が強まっている…でなければ、アマテラス様のお力が弱まっているということか…?
そもそも、あのお二人は相反するお力こそあれど、仲が悪いわけでは決してなかったはず。
そこにツクヨミ様は介入していないとすると…読めん…神々の考えることなど到底理解できるはずがない。
次の人生は面白くなるとも言っていたが、現状まったく面白いとは思えない。確かに医学を学ぶ面白さはあったが…総じて面白いといえるのだろうか…
やはり神の感覚など理解に苦しむ。まして人間になった今、神の動きなど読めるわけがない。
泊渼…新宮さんを手伝うことしかできないのか…龍であったなら、泊渼のように動けただろうか。
いや、俺には行く末を見守ることしかできなかっただろう。
…龍であれ、人間であれ、俺にできることは限られている…
『ならば頼れ。』
「泊渼…!」
白い煙に包まれ、温かい…
『お前は頼ることも知っているだろう。』
「頼る…」
『神々に頼り、我々に頼り、自然に頼り、人々に頼り、道具に頼り、生かされている。』
「生かされている…」
『そんなんじゃ、湠渓の言う通りになっちまうぞ。』
”己の無知さと無力さをこれから知ることになるー”
「いや、その通りだよ…」
『諦めるな、清厳!この世を生ききるんだ!』
「生ききる…」
『もう悔やむことのないように…彼女を見つけるんだろう。』
「…忘れていた…」
『この人生を生ききる、その先に彼女は必ずいる!』
「人生二度目…まだ道半ばか。」
『半ばどころか、まだようやく立ったばかりだよお前は。』
「…お前には助けられてばかりだな、泊渼。」
『何度でも、生きて返せ、清厳。』
「あぁ。」
白い煙が消えたと同時に、迷いも恐れも消えていた。
俺は生きている。今、この時代を生きている。今世は今世。できることを、やり残すことのないように。
「おはよう、天藤くん。昨日はよく眠れたかい。」
「えぇ、お陰様で…ゴホッ、ゴホ…ッ!」
「天藤くん、どうしたんだ。」
「大丈夫です、ただの風邪でしょう…エホッ…ヒュー、ヒュー…ッ」
「おかしい、君も疱瘡の痘苗は以前…まさか…!」
「寝れば治りますよ…」
「労咳の気がある、すぐに部屋へ…っ!」
身体がやけに重い。咳のしすぎで喉が切れた。呼吸もし辛いが、なにより血反吐がよく出る病のようだ。
「すまない…天藤くん、対処療法しかできないなんて…くそっ!」
「こちらこそ…すみません、これ以上は…お役に立つこと…が…できなさそうです…」
「なぜ…っ、なぜ君が命を落とすんだ…っ!救えないはずはないんだ…っ!」
『清厳…これはもう、俺の力ではなんともできない…すまない。』
「謝ることは…ない…神の…力を前に…なす術などないんだ…」
『違う!清厳、神の力も我々の力も、人間の力も変わらない!』
「はは…っ…圧倒的な力を…前に…俺は死ぬんだぞ…変わらないなんて…」
「天藤くん…!逝くな…っ!く…ぅう…っ!」
『清厳…!』
疱瘡:天然痘(ウイルスによる致死率の高い熱を伴う感染症。致死率も高く、命を取り留めても顔や体に跡が残り、古くから恐れられてきた。江戸時代、当時の民間ではイモ、ハウサウ、疱瘡神と呼ばれていた。)
痘苗:ワクチン
有信堂:天然痘の予防と治療に尽力した医療施設であり、1868年の鳥羽・伏見の戦いにおいては負傷者の救護などの拠点として機能した。
労咳:肺結核。当時は不治の病として恐れられ、根拠のある治療法もなく微熱や咳が長期間続き、血を吐きながら少しずつ体が衰弱していく進行性の病気だった。




