表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2943  作者: 平野むら
PR
12/31

1-2-2

2943イメージソング

https://youtu.be/yrc1oGmkcak

「栄次郎さん、今日は橋を渡った先のお宅へ往診ですよ。」

「お松さん、代脈(だいみゃく)は俺がやりますからね。」

「あら、駄目よ。源庵先生がまだ許してらっしゃらないでしょう。」

「患者は増える一方なんだし、そろそろ俺にもやらせて下さいよ。」

「それを決めるのは源庵先生です。ほら、そっちのお薬箱持って。」

十二歳の頃には源庵先生の家に転がり込み、昼夜問わず往診する源庵先生に引っ付いて学び、二十歳(はたち)を超えた今、一番弟子のお松さんに助手としての動き方を学びながら日々を過ごしていた。

「先生!そろそろ俺にもお松さんと同じ様に指示してください!」

「栄次郎さん、君はまだ薬の調合も覚えられていないだろう。」

「それは今覚えているところですけど、お松さんと俺と何が違うんですか!」

「君には君の成長速度があるはずだよ。ゆっくり学んでいけばいい。」

「俺には時間がないんです…!いつ死ぬかも分からないのに…」

「君はいつもそんな事を言っているけど、病気ひとつしたことがないじゃないか。」

「…死は、死して成るわけではないんですよ…」

「困った子だね君は…」

「先生、奥のお宅は診終わりました。」

「ありがとう、お松さん。」

「まだ駄々こねているの、栄次郎さん。」

二十年…これまで何事もなく生きてこられた。だが肝心な事は何一つ成せていない。

泊渼の助言で人間を学んだ。そして、医学も学んできた。今度彼女に会えた時には病で彼女を失う事のないように。

「…俺、独立します。」

「栄次郎さん…」

「まだ私は君に代脈すら許していない。今独立したとしても私の弟子であったという事は言えないからね。」

「分かっています。」

時間が惜しい。こうしている間にも、彼女がまた流行り病に侵されているとしたら…今の俺になら、出来ることがあるはずだ。

人間は、生きていくのに稼ぎがいる。幸いにも俺には町医者としての知識も技術もある程度ある。

この町でやるより、自分を知らない町でやる方が自分を試せるに違いない。

なにはともあれ経験だ。やるしかないな。

まずは京へ向かうとするか。京では今、漢方医学だけでなく蘭方医学を取り入れていると聞いている。もっと医学の知識を深められるに違いない。


「すみません、この辺りで空き家はないですか。」

「…」

「あの、空き家を探しているんですが…」

「…スッ…」

「あ、あちらの方に伺えばいいんですね、ありがとうございます。」

「空き家はありますか。」

「空き家?ここらはうまってるんどすえ。あんさん、ここらの人間ではおへんね。」

「はい…何か問題が…」

「最近この辺りは物騒な事が多くてね。よそ者ってだけで疑われるから用心しなよ。」

「はい…」

「…」

家守(やもり)に訪ねてはみたものの、結局家は見つからなかったな。物騒な事とは何だろうか…とにかく宿を見つけねばならなくなった。

「あんさん、泊ってってぇな~。」

「あぁ、何日かお願いできるかな。」

「へぇ!あい喜んで~。」

京へ来てはみたものの、家もなしに町医者などできるんだろうか…それよりも蘭方医学に精通している先生を訪ねて、また転がり込んで弟子入りするのも一つ手だな…まずは先生を探してみるか。

「お夕食の支度が整いましたえ。」

「ありがとう。ところで、蘭方医学に精通している先生を探しているんだが、知っているかい。」

「へぇ、蘭方医の先生なら南禅寺のお隣の順正書院(じゅんせいしょいん)にぎょうさん居てはりますえ。」

「本当かい。明日伺うので案内してくれるかな。」

「へぇ、あい喜んで~。」


「ここが順正書院どす。」

「ありがとう、世話になったね。これ、少ないけどとっておいて。」

「へぇ!あい喜んで~!」

彼女の話によると、ここは蘭方医学に精通していた新宮涼庭(しんぐうりょうてい)先生という方が建てた医学所。

ここでなら学び切磋琢磨できる話し相手もいるだろう。

「見ない顔だね。」

「あ、蘭方医学を学びに来ました、天藤栄次郎と申します。」

「どこから来たのかね。」

「長野からです。」

「おぉ、遠路はるばるよく来たね。歓迎するよ天藤くん。私は新宮凉介だ、よろしく。」

「新宮さん、よろしくお願いいたします!」


「そうか、君は漢方医なんだね。」

「はい、漢方医学には限界があると思い、蘭方医学を学べないかとここまで来たのです。」

「それはいい判断だ。ところで先程の娘さんは君の…」

「あいえ、宿屋のお嬢さんです。ここまで案内してもらったんですよ。」

「なに、宿を借りているのか。それなら私のところへ住まうといい。」

「ありがとうございます、助かります!」

「朝まで語りあかそうではないか。」

「喜んでお供します!」

代脈: 忙しい名医は、すべての往診を自分で行うことが難しいため、代わりに優秀な弟子を派遣して診察や脈を診させることがあった。

京:京都。

家守:町屋敷や長屋の管理・維持に従事した民間管理人。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ